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雇用創出オムニバス法(6)- 待望の政令・大統領令の制定!しかし、制定日・公布日のバックデート?!

【執筆者】大川 恒星

1 待望の政令・大統領令の制定

 雇用創出オムニバス法による改正内容の詳細の多くは、政令、大統領令といった細則に委ねられており、施行日である2020年11月2日から3か月以内に、つまり、2021年2月2日までに、細則が制定されるとされていた(同法185条a.)。そこで、インドネシアビジネスに関心を持つ人達は皆、今か今かと細則の制定を待ちわびていたのである。
 この3か月を過ぎて、現地でも、「3か月の法定期限はどうなったんだ?」といった声が聞かれるようになった頃、2021年2月16日、約2週間遅れで、インドネシア政府によって、政令45本、大統領令4本の制定が発表された。現地の報道1によれば、2021年2月16日付けでLembaran Negara Republik Indonesia(官報)にて公布された、とのことであるから、この日が公布日となる(はずである)。
 なお、細則の「草案」については、従前から、インドネシア政府が立ち上げた特設サイト2に掲載されていたところ、法定期限ギリギリになって、草案の数がどっと増えたことからも、突貫作業で細則の制定に至ったとの印象はぬぐえない。

2 政令・大統領令は、ここで確認

 前記の政令・大統領令は、政府のウェブサイト3で確認することができる。
 例えば、労働分野の法改正について、PERATURAN PEMERINTAH REPUBLIK INDONESIA NOMOR 35 TAHUN 2O2I TENTANG PERJANJIAN KERJA WAKTU TERTENTU, ALIH DAYA, WAKTU KERJA DAN WAKTU ISTIRAHAT, DAN PEMUTUSAN HUBUNGAN KERJA(有期雇用契約、アウトソーシング、労働時間・休憩及び雇用関係の終了に関するインドネシア共和国政令2021年35号)であれば、Jenis(種類):PP、Nomor(番号):35、Tahun(年):2021で検索すれば、探せるだろう。
 また、投資分野の法改正について、PERATURAN PRESIDEN REPUBLIK INDONESIA NOMOR 10 TAHUN 2021 TENTANG BIDANG USAHA PENANAMAN MODAL(投資事業分野に関するインドネシア共和国大統領令2021年10号)であれば、Jenis(種類):PERPRES、Nomor(番号):10、Tahun(年): 2021である。
 後記のとおり、いずれも重要な内容を含む細則である。

3 制定日・公布日のバックデート?!

 新しい法令の制定に際して、「制定日」「公布日」「施行日」がそれぞれ定められる。施行日は、その新しい法令がいつから適用されるのかを示すものであるため、重要である。公布と同時に施行となる場合や、公布後一定期間を置いて施行となる場合がある。
 前記の「有期雇用契約、アウトソーシング、労働時間・休憩及び雇用関係の終了に関するインドネシア共和国政令2021年35号」については、以下のとおりである。

 制定日:2021年2月2日
 公布日:2021年2月2日
 施行日:2021年2月2日 ※同政令66条に「公布日に施行される」と規定

 雇用創出オムニバス法による労働法の改正によって、新たに、有期雇用契約において、使用者は、雇用期間の満了時又は業務の完了時に、労働者に補償金を支払わなければならなくなった(労働法61A条)。前記の政令64条によれば、施行日である2021年2月2日時点で終了していない有期雇用契約については、使用者に補償金の支払義務があり、補償金の金額は、雇用創出オムニバス法の公布日である2020年11月2日から算定する旨が規定されている。
 また、前記の「投資事業分野に関するインドネシア共和国大統領令2021年10号」であれば、以下のとおりである。

 制定日:2021年2月2日
 公布日:2021年2月2日
 施行日:公布日から30日後(2021年3月4日) ※同大統領令15条に規定

 この大統領令は、大統領令2016年44号(ネガティブリスト)に取って代わり、新たに、ポジティブリストを定めるもので、優先業種リストを導入し、投資禁止業種・投資制限業種を減らすことで、外資規制を緩和するものである。この施行日は、前記のとおり、2021年3月4日である。
 このように、施行日は、その新しい法令がいつから適用されるのかを示すものであるため、重要であり、さらに、公布日は施行日の基準となることから、公布日も同様に重要であることが分かる。
 だが、ちょっと待って欲しい。冒頭で、2021年2月16日、約2週間遅れで、インドネシア政府によって、これらの政令や大統領令の制定が発表された、2021年2月16日付けでLembaran Negara Republik Indonesia(官報)にて公布された、とのことであるから、この日が公布日となる(はずである)と述べた。
 もっとも、前記の政令・大統領令の制定日・公布日は、2021年2月2日であるとはっきりと記されている。
 つまり、公布日のバックデートが行われたことになる。
 さらに、制定日は2021年2月2日ではない。前記の「有期雇用契約、アウトソーシング、労働時間・休憩及び雇用関係の終了に関するインドネシア共和国政令2021年35号」の「草案」が、前記のインドネシア政府が立ち上げた特設サイトに、同月4日付けで掲載されている。「案」が出された時点で既にそれが制定されてしまっているとは考えられないことから、制定日を特定することは困難であるものの、少なくとも、同月5日以降になるはずである。前記の「投資事業分野に関するインドネシア共和国大統領令2021年10号」の「草案」も、この特設サイトに同月3日付けで掲載されているから、同様に、制定日は、同月4日以降となるはずである。
 このような制定日・公布日のバックデートが行われた理由は明白だ。雇用創出オムニバス法の185条a.で、細則制定の法定の期限日が、施行日である2020年11月2日から3か月以内、つまり、2021年2月2日とされていたからである。インドネシア政府は、この法定期限に違反することを回避するため、法定期限いっぱいの2021年2月2日付けで、細則を制定・公布したことに装ったのである。
 その結果、前記の有期雇用契約における使用者の補償金の支払義務の有無は、実際の公布日である2021年2月16日ではなく、同月2日に遡って判断されてしまうことになった。また、前記のネガティブリストからポジティブリストへの変更については、同月2日に遡って適用されるとした場合、同月15日までにインドネシアへの投資を進めていた者にとって訳の分からない事態になってしまい、混乱を招くことから、公布日を同月2日にバックデートする一方で、施行日を「公布日から30日後(2021年3月4日)」と規定するに至ったのである。
 前記の有期雇用契約における使用者の補償金の支払義務を例にすれば、公布日によって、法的効果も大きく変わってしまうので、このバックデートの影響は決して小さいものではない。
 とはいえ、待ちに待った政令・大統領令が制定された。今後のコラムでは、日本企業のインドネシア投資への影響という観点から、雇用創出オムニバス法について、これらの政令・大統領令を踏まえて、外資規制の緩和や労働といった重要なトピックを取り上げたい。

※ 本コラムは、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等への相談をご検討ください。また、筆者は、インドネシア法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、インドネシア現地事務所と協同させていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は執筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。