コラム

国際

雇用創出オムニバス法(5)- 労働分野の法改正

【執筆者】大川 恒星

1 はじめに

 本コラムでは、労働法(労働に関する法律2003年13号)を含む、労働分野の法改正を取り上げる。インドネシアの労働法は、労働者保護に手厚い。その反面、使用者にとっては厳しい内容に頭を抱える、現地の日系企業の担当者も少なくないと思われる。
 日本の労働法も比較法的には労働者保護に手厚く、例えば、筆者が留学した米国の労働法制と比較すれば、使用者にとって厳しい規制となっている(米国だと、例えば、「解雇自由の原則」を採用する州も存在する。)が、インドネシアの労働法は、日本の労働法よりもずっと使用者に厳しい。
 労働分野の法改正は多岐に亘るところ、労働者にとって不利益な変更をいくつか伴っているため、全体的には使用者寄りの改正が行われたと総括することができる。「雇用創出オムニバス法(1)」でも触れたように、この改正の前後で、労働組合の反対デモが頻発した。
 もっとも、使用者にとって厳し過ぎるとの国内外の批判を踏まえて、使用者寄りに改正することで、外国企業の誘致も含め、インドネシア国内で企業の設立・事業継続を促進し、結果的に、雇用の創出、つまり、労働者の雇用確保に繋げることが今回の改正の狙いとされている。
 雇用創出オムニバス法185条a.によれば、制定・施行日である2020年11月2日から3か月以内に、下位法令である政令・大統領令が制定されるとされており、労働分野の法改正についても、これらの下位法令の成立を待たなければ、その全容は把握できないものの、現況を纏めることにした。

2 労働分野の法改正の概要

 雇用創出オムニバス法(80~84条)によって、労働法や国家社会保障制度に関する法律2004年40号(国家社会保障制度法)を含む労働分野の法律が大きく改正された。
 とりわけ、現地に進出する日系企業にとって、影響が大きいと思われる改正点を列挙すると、次のとおりである。

  • 外国人労働者の雇用の規制緩和
  • 有期雇用契約の規制緩和
  • アウトソーシングの規制緩和
  • 残業規制の緩和
  • 長期有給休暇の下限の撤廃
  • 同一労働同一賃金の導入
  • 最低賃金の計算方法の変更
  • 解雇規制の緩和
  • 権利補償金の減額
  • 刑事罰の対象の変更
  • 失業保険の導入

 以下では、項目毎にポイントに絞って解説する。

(1)外国人労働者の雇用の規制緩和

ア 外国人雇用計画書が例外的に不要となる場合の拡大

 使用者が、外国人を雇用するためには、原則、外国人雇用計画書(RPTKA)が必要となる。今回の改正によって、これが例外的に不要となる場合が拡大した。
 具体的には、(ア)一定の株式を保有する取締役や監査役、(イ)在外公館職員、(ウ)特定の目的のために必要とされる外国人労働者が対象となる(労働法42条3項)。(ウ)が今回の改正によって新たに追加されたカテゴリーである。(ウ)については、a. 緊急事態のために停止された生産活動、b. 職業訓練、c. テクノロジーを基盤とするスタートアップ、d. 商用訪問、e. 特定の期間における研究が明記されている。

イ インドネシア人労働者の教育義務の免除要件の柔軟化

 使用者は、外国人労働者を雇用する場合、外国人労働者から技術や専門的知識を移転させるために、インドネシア人労働者を代役として選び、教育・職業訓練を施さなければならない(労働法45条1項)。この点は、今回の改正によって変更はない。
 従前は、前記のインドネシア人労働者の教育義務が免除される要件は、外国人労働者が取締役や監査役である場合に限られていたが、今回の改正によって、「特定の職位に就く外国人労働者である場合」という抽象的な内容に変更された(同条2項)。
 「特定の職位」の内容については、現時点では決められておらず、政令の制定を待つことになる。もっとも、前記のインドネシア人労働者の教育義務が免除される場合が拡大することが予想されるため、使用者にとっては負担軽減に繋がる改正であると評価することができる。

(2)有期雇用契約の規制緩和

ア 契約期間と延長・更新の制限の撤廃

 従前は、有期雇用契約は2年を超えてはならず、1年を上限に1回延長、その後、2年を上限に1回更新することができた。今回の改正によって、このような契約期間と延長・更新の制限が撤廃された。その上で、「契約期間は雇用契約書によって定められる」旨が明記された(労働法56条3項)。
 もっとも、当事者の合意によって無制限に有期雇用契約が認められるようになったわけではない。「仕事が長期に亘らずに完成する見込みである」「仕事の種類・性質は永続的であってはならない」「永続的な業務には有期雇用契約を用いることができない」との制約が付されている(労働法59条1項、2項)。契約期間と延長・更新が当事者の合意によってある程度柔軟に決定することができるようになったとの期待はある。しかし、仕事の種類・性質、雇用期間、有期雇用契約の延長期限の詳細については、政令で定められる予定である(同条4項)。

イ 契約書不作成の場合のペナルティの撤廃

 有期雇用契約は、書面でかつインドネシア語で締結しなければならない。この点は、今回の改正によって変更はない。もっとも、従前は、契約書の作成を怠った場合には、期間の定めのない契約(無期雇用契約)とみなされる旨のペナルティが定められていたが、今回の改正によって、このペナルティが撤廃された。
 とはいえ、当事者の認識の齟齬を防止するとともに証拠化するという観点からも、契約書を作成する必要がなくなった訳ではない。

ウ 雇用期間の満了時又は業務の完了時の補償金の支払義務

 今回の改正によって、新たに、使用者は、雇用期間の満了時又は業務の完了時に、労働者に補償金を支払わなければならなくなった。この補償金は、雇用期間に応じて決定される。もっとも、その詳細は、政令で定められる予定である。(以上、労働法61A条)
 いずれにせよ、使用者としては、有期雇用契約であれば、退職金等を支払う必要はないとの認識を改める必要がある。

(3)アウトソーシングの規制緩和

 従前は、改正前の労働法(以下「旧労働法」という。)64~66条に、アウトソーシング、すなわち、業務委託や派遣について厳しい規制が設けられていた。具体的には、使用者が労働者を直接雇用するのではなく、業務受託会社や派遣会社との間の業務委託契約や派遣契約に基づき、これらの会社の労働者から業務や労働力の提供を受けることは、例外的な場面として位置付けられており、「付随的な業務に限られる」といった規制があった。
 しかしながら、このような規制を定めた旧労働法64~66条は、今回の改正によって全て削除された。また、従前は、規制に違反した場合には、業務委託会社や派遣受入企業が法的責任を負うとされていたが、今回の改正では、この点も撤廃されて、業務受託会社や派遣会社が法的責任の主体であるとされている(労働法66条2項)。
 以上により、いかなる業務であっても、アウトソーシングが可能となり、業務委託会社や派遣受入企業が法的責任を負う場面が限定されたように思われることから、使用者にとっては、他社の労働力を有効活用できる場面が拡大したと評価することができる。
 なお、アウトソーシングを行う会社の許認可は中央政府によって発行される(労働法66条4項)。アウトソーシングの対象となる労働者の保護や許認可の詳細は、政令で定められる予定である(同条6項)。

(4)残業規制の緩和

 インドネシアの法定労働時間は以下のとおりである(労働法77条2項)。この点は、今回の改正によって変更はない。

  • 週6日勤務の場合:1日7時間かつ週40時間以内
  • 週5日勤務の場合:1日8時間かつ週40時間以内

 もっとも、残業規制が緩和された。すなわち、従前は、残業の上限は、「1日3時間以内かつ週14時間以内」だったのが、今回の改正によって、「1日4時間以内かつ週18時間以内」となった(労働法78条1項)。ただし、残業時間や残業代の詳細は、政令で定められる予定である(同条4項)。

(5)長期有給休暇の下限の撤廃

 従前は、労働移住大臣決定2004年51号により、同決定以前に長期有給休暇を導入していた使用者はこれを継続する義務を負うことになったが、これに該当しない使用者については、長期有給休暇の導入は義務ではなく、雇用契約、就業規則又は労働協約に長期有給休暇を定めた場合に、これを労働者に付与する必要があった。そして、長期有給休暇の内容については、勤続年数が6年に達した労働者に対して、勤続7年目と8年目に各1か月以上の有給休暇を付与するものとされており、下限が設けられていた。
 今回の改正によって、前記の有給休暇の内容に関する規定が削除された。そして、使用者は、長期有給休暇を雇用契約、就業規則又は労働協約に定めることで、これを労働者に付与することができる、とのことである(労働法79条5項)。従って、使用者は、雇用契約、就業規則又は労働協約をもって、長期有給休暇の内容を任意に決定することができると考えられる。
 ただし、雇用創出オムニバス法81条の注釈によれば、既に長期有給休暇を導入している使用者は、今回の改正を理由に、これを労働者にとって不利益に変更することはできない。

(6)同一労働同一賃金の導入

 いわゆる「同一労働同一賃金」が労働法に明記された(労働法88A条2項、88B条1項)。その詳細は、政令で定められる予定である(労働法88B条2項)。
 日本では、正社員と非正規社員との間の待遇差について、政府主導の働き方改革によってパートタイム・有期雇用労働法が成立し、また、両者の賃金格差について、重要な裁判所の判断が近時相次ぐなど、同一労働同一賃金は、重要なテーマになっている。
 インドネシアで、どのように同一労働同一賃金が実施されていくのかは、非常に興味深い。

(7)最低賃金の計算方法の変更

 今回の改正によって最低賃金制度が大きく変更される。まず、業種別の最低賃金が撤廃された。また、最低賃金は、経済成長又はインフレを考慮要素とする計算式で算定するとされている(労働法88D条2項)。もっとも、その計算式の詳細は、政令で定められる予定である(同条3項)。
 なお、零細・小企業(外資企業はこれに該当しない。)は、最低賃金を下回る賃金を設けることも可能とされており、賃金設定の独自のルールが設けられた(労働法90条)。

(8)解雇規制の緩和

ア 解雇手続の変更

 従前は、解雇について労使間の協議が纏まらなかった場合、労働者を解雇するには、原則、労働裁判所の決定を得なければならなかった。労働裁判所の決定を経ずに行われる解雇は無効である。今回の改正によって、この要件が撤廃された。従って、労働者を解雇する際に、労働裁判所の決定は不要である。
 もっとも、今回の改正以前から、労働裁判所の決定を経ずに解雇が行われることはあった。労働者による労働裁判所への訴訟提起の期限が、解雇日から1年以内に制限されていることや、労使紛争が解決されるまでの使用者の賃金支払義務の上限が6か月分とされていること等を念頭に置いた対応であったと考えられる。
 一方で、労働者を解雇するためには、配置転換、労働時間の調整等の解雇回避に向けた努力を行わなければならないことは、今回の改正によっても変わらない(労働法151条1項)。その上で、今回の改正によって、労働者を解雇する際には、まず、使用者は、解雇理由を労働者(又は労働組合)に通知しなければならないことになった(同条2項)。そして、労働者が解雇に応じない場合には、労使間交渉によって解決を図らなければならない(同条3項)。それでもなお解決しない場合は、労使紛争解決制度に委ねられることになる(同条4項)。

イ 法定の解雇事由の拡大

 まず、今回の改正によって、法定の解雇事由は労働法154A条1項に纏められた。雇用契約、就業規則又は労働協約をもって、その他の解雇事由を定めることもできる(同条2項)。
 今回の改正によって拡大・変更された法定の解雇事由のうち、重要なものをいくつか挙げると、まず、使用者が支払猶予の裁判所決定を受けたこと(PKPU)が解雇事由に加わった。また、企業が赤字を理由に閉業を伴わずに経営合理化を行うことも解雇事由として明記されている。

(9)権利補償金の減額

 インドネシアの退職金は、退職手当、勤続功労金、権利補償金、送別金の4つで構成されている。送別金の取扱いがはっきりとしないものの、少なくとも、退職手当、勤続功労金、権利補償金の3つが退職金を構成することは、今回の改正によっても変わらない。また、勤続年数に応じて、「固定給×〇か月分」とする退職手当や勤続功労金の計算式についても特段変更されていない。
 一方で、権利補償金について、従前は、ア. 未消化の年次有給休暇、イ. 帰省費用、ウ. 住宅・医療・健康手当に対する補償金(退職手当と勤続功労金の合計額の15%で計算)、エ. 雇用契約・就業規則・労働協約のいずれかによって定められたその他の補償金の4つで構成されていたが、「住宅・医療・健康手当に対する補償金」が撤廃された。つまり、権利補償金は、「未消化の年次有給休暇」「帰省費用」「雇用契約・就業規則・労働協約のいずれかによって定められたその他の補償金」の3つで構成されることになり、使用者が支払うべき権利補償金が減額されたことになる(労働法156条4項)。
 さらに、雇用契約の終了事由に応じて退職金の金額を定めていた旧労働法158条から172条までの規定(例えば、経営合理化のための整理解雇の場合には、退職手当は2倍になるなど)は全て削除されている。退職金の詳細は、政令で定められる予定であるが(労働法156条5項)、退職金が減額される可能性がある。

(10)刑事罰の対象の変更

 今回の改正によって刑事罰の対象が変更されている。重要なものをいくつか挙げると、まず、新たに、使用者が賃金又は雇用関係終了時の退職手当・勤続功労金・権利補償金の支払いを怠った場合に、刑事罰が科せられる(労働法185条)。刑事罰の内容は、1年以上4年以下の禁固又は1億ルピア以上4億ルピア以下の罰金である。
 また、違法ストやストの違法勧誘については、刑事罰の対象から除外された(労働法186条)。

(11)失業保険の導入

 雇用創出オムニバス法によって国家社会保障制度法の一部が改正されて、新たに、失業保険(JKP)が導入された。対象は、解雇された労働者である(国家社会保障制度法46A条)。失業保険の内容は、6か月分の月給、労働市場の情報へのアクセス、職業訓練となるところ、その詳細は、政令で定められる予定である(同法46D条)。
 なお、失業保険の導入に伴い、社会保障実施機関に関する法律2011 年24 号も改正されている。

3 最後に

 このように、労働分野の法改正は多岐に亘るところ、労働者にとって不利益な変更をいくつか伴っているため、全体的には使用者寄りの改正が行われたと総括することができる。もっとも、その全容を把握するには、政令の制定を待つ必要があり、まもなくこれが制定される予定である。

※ 本コラムは、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等への相談をご検討ください。また、筆者は、インドネシア法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、インドネシア現地事務所と協同させていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は執筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。