コラム
2021年01月06日
雇用創出オムニバス法(4)- リスクベースの許認可の導入
【執筆者】大川 恒星
1 はじめに
本コラムでは、主に「リスクベースの許認可」を取り上げる。これは、雇用創出オムニバス法(7~12条)によって新たに導入されたものである。日本企業がインドネシアで事業を行う場合に、各種の許認可を得ることは避けて通れないプロセスである。そのため、この改正が日本企業のインドネシア投資に与える影響は大きい。
2 リスクベースの許認可
(1)従前の許認可の仕組み
インドネシアでは、2018年7月から、OSS(Online Single Submission)システムが導入されて、金融業や銀行業で金融庁(OJK)やインドネシア銀行が許認可を行う場合といった一部の例外を除くと、許認可の申請手続の多くがオンライン上で一元的に管理されるようになった。その結果、従前よりも、簡易かつ迅速に、許認可の申請手続を行うことができるようになった。監督官庁は、前記の例外的な場面を除くと、投資調整庁(BKPM)となる。この場合、外国企業のインドネシアへの直接投資を例にすると、株式会社を設立したのち1、OSSシステムに登録すると、事業識別番号(NIB)が発行される。その後、事業開始前に許認可要件を充足させる旨のコミットメント(誓約)を行うことで、許認可が得られる。このコミットメントを履行することが事業開始の条件ではあるものの、投資調整庁は、事業開始前に許認可要件を充足しているか否かをチェックするのではなく、事業開始後にこのチェックを行う。
このように、従前の許認可の多くは、事業の内容に関係なく、一律、事後審査方式となっていた。
(2)リスクベースの許認可
雇用創出オムニバス法で新たに導入される、リスクベースの許認可においても、OSSシステムのもと、オンライン上で一元的に管理されることに変更はない。
もっとも、以下の観点と要素を踏まえて、リスクの程度とリスクの蓋然性(ほぼ無し、低い、高い、ほぼ確実)に基づき、低リスク事業、中リスク事業、高リスク事業に分類した上で、それぞれ異なる種類の許認可をもって事前に審査される(同法7条)。
なお、事業活動の監督についても、同様にリスクベースで判断される(同法11条)。
観 点 |
要 素 |
・ 健康 |
・ 事業活動の種類 |
低リスク事業から高リスク事業までの許認可の種類は、以下のとおりである。中リスク事業については、その中でも、低リスクと高リスクの二段階に分かれる。
なお、雇用創出オムニバス法7条の注釈には、中リスク事業(低リスク)の例として、観光農業やホテル管理サービスが、中リスク事業(高リスク)の例として、冷蔵機械工業や建築用鋼製の既設重量物建設がそれぞれ挙げられている。ただし、これだけの例示では、低から高までのいずれの事業に当たるのかの判断は容易ではなく、現時点では、不透明なままであることは否めない。
分 類 |
許 認 可 の 種 類 |
低リスク事業 |
・ 事業識別番号(NIB) |
中リスク事業(低リスク) |
・ 事業識別番号(NIB) |
中リスク事業(高リスク) |
・ 事業識別番号(NIB) |
高リスク事業 |
・ 事業識別番号(NIB) |
低リスク事業については、事業識別番号(NIB)が許認可の種類となる(雇用創出オムニバス法8条)。
中リスク事業については、同法9条に規定されている。低リスクと高リスクのいずれについても、事業識別番号(NIB)とスタンダード証書(Standard Certificate)が許認可の種類となる。ただし、スタンダード証書については、同じ名称であっても、低リスクと高リスクでは、その中身が異なる。すなわち、低リスクのものは、事業主体が事業活動を行う上で事業実施基準を充たすことの声明であり、高リスクのものは、中央政府又は地方政府がそれぞれの権限に基づき、事業主体が事業実施基準を充たすことを認証した上で発行する証明書である。なお、中リスク事業(低リスクと高リスクの両方を含む。)が製品のスタンダード証書を必要とする場合には、事業主体が製品を用いて商業活動を行う前に、中央政府が、事業主体は製品基準を充たすことを認証する旨の製品のスタンダード証書を発行しなければならない。
高リスク事業については、同法10条に規定されている。事業識別番号(NIB)とラインスが許認可の種類となる。ライセンスは、事業主体が事業活動を行う前に取得しなければならず、中央政府又は地方政府が発行する。
以上により、事業のリスクが低ければ、簡易な手続で許認可が得られる一方で、事業のリスクが高くなれば、中央政府又は地方政府の証書やライセンスが必要となることから、より慎重な手続を経なければ、許認可が得られないことが分かる。つまり、従前のように、事業の内容に関係なく、一律、事後審査方式で行うわけではなく、事前審査で、事業のリスクの程度に応じてメリハリをつけて許認可を行うことで、許認可の申請・監督手続全体の簡素化を図る、というのがリスクベースの許認可のねらいである。
しかしながら、現時点では、これ以上の内容ははっきりしない。また、低から高までのいずれの事業に当たるのかの判断についても、現時点でははっきりしないことは、前記のとおりである。同法12条には、詳細については、政令で定められる旨が規定されていることから(雇用創出オムニバス法185条a.によれば、施行日である2020年11月2日から3か月以内に制定される。)、この政令の制定を待たなければならない。
3 その他の「投資環境及び事業活動の促進」に向けた法改正
「雇用創出オムニバス法(1)」に掲載した、同法の各章の内容と該当条文をご覧いただくと、リスクベースの許認可は、「第3章 投資環境及び事業活動の促進」に向けた法改正の一部であることが分かる。
以下では、その他の法改正についても簡単に紹介する。
(1)許認可の基本要件の簡素化
空間利用活動の適合性(雇用創出オムニバス法14~20条)、環境承認(同法21~22条)、建築許可及び機能適合証明(同法23~25条)の3つの分野で、許認可の基本要件の簡素化が図られる。いずれもOSSシステムで運用される。
(2)業種毎の許認可の簡素化
業種毎に許認可の簡素化が図られる(雇用創出オムニバス法26~75条)。具体的には、以下の業種である。
- 海洋及び漁業
- 農業
- 林業
- エネルギー及び鉱物資源
- 原子力
- 工業
- 商業、法定計量、ハラル製品認証、並びに標準化及び適合性評価
- 公共事業及び公共住宅
- 運輸
- 健康、薬及び食品
- 教育及び文化
- 観光
- 宗教
- 郵便、電気通信及び放送
- 防衛及び安全
(3)特定の業種での投資要件の簡素化
投資、銀行、シャリア銀行の3つの業種で、投資要件の簡素化が図られる(雇用創出オムニバス法76~79条)。
なお、「投資」については、「雇用創出オムニバス法(2)」で取り上げた。
4 適用時期
新しく導入された許認可の仕組みの適用時期については、雇用創出オムニバス法184条に規定されている。すなわち、同法の施行前に(2020年11月2日以前に)発行された許認可については、有効期間が切れるまでは有効である。一方で、申請手続が進行中の許認可については、同法のもと、新たな仕組みに従わなければならない。
5 最後に
このように、雇用創出オムニバス法によって、リスクベースの許認可の導入をはじめ、投資環境及び事業活動の促進に向けた許認可の仕組みの改善が図られた。日本企業がインドネシアで事業を行う場合に、各種の許認可を得ることは避けて通れないプロセスである。そのため、この改正が日本企業のインドネシア投資に与える影響は大きい。もっとも、その詳細については、政令の制定を待つ必要があり、引き続き、今後の状況を注視していきたい。
※ 本コラムは、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等への相談をご検討ください。また、筆者は、インドネシア法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、インドネシア現地事務所と協同させていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は執筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。
1 インドネシアでは、PMA企業と言われる。投資法1条8項によれば、外国企業が1株でも株式を保有すれば、PMA企業として外資規制の対象となる。投資法5条2項によれば、PMA企業は、別途法律の定めがない限り、株式会社の形態でなければならない。