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インドネシア法(1)- インドネシアビジネスの魅力とインドネシア法の概要

【執筆者】大川 恒星

1 インドネシアビジネスの魅力

 「人口は2億6,691万人(2018年時点)1で世界第4位」「国民の平均年齢は29歳で若年層が多い2」「人口ボーナス期が2036年頃まで続く見込み3」「安定した経済成長」「中間層・富裕層の拡大」「広大な国土と豊かな天然資源」「ASEANで唯一のG20加盟国」「GDPはASEANの約4割」「親日国家」「日本語学習者が多い」「日本とジャカルタとの時差はたったの2時間」

 投資対象としてのインドネシアには、このように魅力的なキーワードが並ぶ。消費市場への参入、生産拠点の創設、資源開発、インフラ事業といった様々なタイプのビジネスが考えられる。

 新型コロナウイルスによる落ち込みは見られるものの、日本からの投資は高水準で続いており4(直近まで日本はシンガポールに続き第2位の投資国であった。その後、中国や香港からの投資が増えている。ただし、シンガポールからの投資には日本企業が同国に設立したASEAN地域の統括拠点を通じて行ったものも含まれる。)、近年は消費市場の参入を目的としたサービス業の進出も進んでいる。輸出額では日本は第1位、輸入額では第3位である(2019年)5

 菅総理が、就任後最初の外遊先として、ベトナムとともにインドネシアを訪問したことも記憶に新しい。その際、500億円の円借款供与を表明するほか、ビジネス目的の短期滞在者の行き来の早期実現、インフラ開発への協力を約束した。インドネシアとの経済的な関係強化は、日本の重要課題の一つである。

(1)チャイナプラスワン

 人口減少・少子高齢化が加速する日本社会において、「労働力の確保」は喫緊の課題である。インドネシアは、人件費の高騰と政治リスクの高い中国に代わる生産拠点として、今後ますます期待される。日本政府は、近々、日本企業のサプライチェーンについて中国依存からの脱却と東南アジアへの分散を後押しするために、生産拠点を複数国に広げる企業への補助金を大幅に増やす予定である6。また、インドネシア投資調整庁(BKPM)の直近の発表によれば、米国、台湾、韓国、日本、香港の計143社が中国からインドネシアへ投資の移転・分散を検討しており、既に7社がそれを実行したとのことである7

(2)日本で働くインドネシア人の増加

 労働力の確保という点では、日本で働くインドネシア人は年々増加している(厚労省発表8によれば、2019年10月末日時点で約1万人、前年同期比23.4%の増加である。)。その4割は技能実習生である。詳しくは別のコラムで取り上げる予定であるが、入管法の改正(2019年4月1日施行)によって「特定技能制度9」が新たに創設されるなど、日本での外国人労働が政府主導で進められている。今後、この制度が広く浸透すれば、インドネシア人をはじめ、外国人労働は今後ますます増加するだろう。

 人手不足で困っている企業にとっては、インドネシア人をはじめ、外国人の雇入れも検討しなければならない時代に突入しており、それらをサポートするサービスの発展も期待されるところである。

(3)新型コロナウイルスの経済的影響とV字回復の可能性

 インドネシアでも、諸外国と同様、大規模社会制限(PSBB)と呼ばれるロックダウンが繰り返されるなど、新型コロナウイルスの影響は大きい。現在でもジャカルタ州を中心に感染拡大が収まっているとは言い難い状況である。

 ただし、現在、ジャカルタ州ではPSBBは緩和されて、11月8日までのPSBB移行期間に進んでいる。インドネシア政府が来年1月までにワクチンを認可するなどの現地報道も見られる(現地の日本人にも混乱が広がっており、もちろん賛否はあるだろうが、直近では、ジャカルタ州議会で、ワクチン接種を拒否した住民には罰金が科すとの条例が可決した。)。

 新型コロナウイルスの感染拡大は世界的に続いており、どのような形で収束するのかは現時点でははっきりしない。しかしながら、ワクチンの開発が全世界で進められるなど、対策が講じられている。また、感染防止と経済活動との両立の道も各国で模索されており、インドネシアも例外ではない。さらに、「ファクターX」が寄与しているとも言われるが、インドネシアを含め、アジア地域での死亡率は相対的に低い。

 2,020年10月21日時点のIMF(国際通貨基金)の予測(下表)によれば、インドネシアでは、2020年に落ち込んだGDP成長率が2021年以降にV字回復し、これまでの高水準を維持するとの見通しが示されている(アジアやASEAN全域で同様の傾向が見られる。)。

 インドネシア海洋・投資担当調整大臣であるルフット氏は、2020年8月25日10、2021年にはGDP成長率は5.2%にまで回復するとの目標を示すとともに、雇用創出オムニバス法の成立、金属・鉱物資源の川下産業の整備、中小企業のデジタル化の支援をもって、インドネシアへの投資を促していく旨を述べた。

 また、インドネシア経済は観光産業に依存しておらず、個人消費が経済をけん引していることから、新型コロナウイルスの経済的影響は相対的に小さく、早期の経済回復の可能性があるとの声も聞かれる。

(4)雇用創出オムニバス法の成立

 本年10月5日に「雇用創出オムニバス法」が国会で可決されたのち、11月2日、ジョコ大統領の署名よって、同法は成立した。同法により、外資規制の緩和や許認可手続の簡素化等が進められる(詳しくは別のコラムで取り上げる。)。

 今後、新規参入のハードルが下がることで、中小企業の中でも、購買力旺盛な消費マーケットをターゲットにするなど、インドネシアへの進出を検討する企業は増えていくものと思われる。

(5)日本からインドネシアへの入国規制の緩和

 インドネシアは、2020年10月1日、就労や商談実施等の特定の目的に限ってビザの発給を一部再開した(ただし、観光ビザの発給や、査証免除での入国や到着査証の発給は停止されている。)11。これにより、従前、コロナ禍でビザ発給の前提要件であったBKPMの推薦状の発行を受けるのは不要となった。また、同じ頃、ビザ申請手続がオンライン移行された結果、今後はより早くビザの取得が可能となる(日本人であれば、在日インドネシア大使館での申請手続は不要となり、オンライン上でeVisaが発行される12。)。

(6)まとめ

 インドネシアビジネスは魅力にあふれている。これを促そうとする日本とインドネシアの両政府の後押しのもと、日本とインドネシアの経済的な結びつきは今後ますます強まっていくだろう。日本からインドネシアへの進出案件が増えるだけでなく、インドネシアの更なる経済成長に伴い、たくさんのインドネシア人が日本に観光や投資目的でやって来る未来もそう遠くはないかもしれない。

 インドネシア進出を実現する上で、インドネシア法の理解は必須である。そこで、本コラムでは、インドネシア法の概要について解説し。その後、数回に分けて、インドネシア憲法と統治機構、進出方法、会社法、不動産法、労働法といった様々なテーマを個別に取り扱いたい。

2 インドネシア法の概要

 インドネシア法は、多元的である。オランダによる植民地支配の影響や民族的・文化的・宗教的な多様性を背景に独特な法体系となっている。

(1)制定法、(2)慣習法(アダット法)、(3)宗教法(主にイスラム法)の3つに分けられる13

 <インドネシア史の概要14

年 代

略 史

7世紀後半~

スマトラに仏教国スリウィジャヤ王国が勃興。

8世紀

中部ジャワに、仏教国シャイレンドラ王朝が興り、ボロブドゥール等の有名な仏跡を残す。

13世紀

イスラム文化・イスラム教の渡来。北スマトラのアチェ地方に最初のイスラム小王国が現れる。ジャワにマジャパイト王国が勃興し、ジャワ以外にも勢力を伸長。

1596年

オランダの商船隊、西部ジャワのバンテン港に渡来。

1602年

オランダ、ジャワに東インド会社を設立。

1799年

オランダ、東インド会社を解散、インドネシアを直接統治下におく。

1942年

日本軍による占領(~1945年)。

1945年

8月17日、スカルノ及びハッタがインドネシアの独立を宣言。スカルノが初代大統領に選出。オランダとの間で独立戦争(~1949年)。

1949年

ハーグ協定によりオランダがインドネシアの独立を承認。

 <民族15

 全人口の約4割を占めるジャワ族をはじめ、200から300とも言われる民族

 <宗教(2016年時点)16

 イスラム教:87.21% キリスト教:9.87%(プロテスタント:6.96% カトリック 2.91%) ヒンズー教:1.69% 仏教:0.72% 儒教:0.05% その他:0.50%

 ※ ちなみに、人気の観光スポットであるバリ島では、ヒンズー教徒が多数を占める。

(1)制定法

 インドネシア法は、オランダによる植民地支配(1602年の東インド会社の設立に始まり、太平洋戦争下では日本軍の占領下にあったものの、1949年まで続いた。)の影響を強く受けている。

 オランダ法はフランス法(大陸法)の影響を受けていることから、インドネシア法は英米法系(Common Law)ではなく、大陸法系(Civil Law)に属すると言って良い。つまり、予め定められた法によってルールが形成されている。この点では、同様に大陸法系とされる日本法的な発想になじむものである17

 インドネシアは、日本のポツダム宣言受諾発表の2日後、つまり1945年8月17日、独立宣言を発表し、翌18日、インドネシア共和国憲法を公布した(その公布年度にちなんで「1945年憲法」と言われる。その後、インドネシアは、政治体制の変更に伴い、3度の改憲を経験している。1998年まで続いた権威主義的なスハルト体制の終了とその後の民主化に伴い、1999年から2002年に掛けて、人権保障規定を拡大するなど、憲法が多岐に亘って改正された。この憲法がインドネシア現代法の根幹となっている。)。

 1945年憲法には、「その公布時に存在する法令は、本憲法に基づき新たなものが制定されるまでの間、引き続き有効とする」との経過規定(経過規定2条)が定められており、その結果、オランダ植民地期に制定された法令が、それも民法、商法、民事手続法、刑法といった重要法令を含んで、現在に至るまでインドネシア法の相当部分を構成している(ただし、例えば、刑事手続法は1981年に、会社法は1995年にそれぞれ制定された。)。

 このようにオランダ植民地期に制定された法律と1945年の独立宣言後に制定された法律とが併存している状況である。

 法令の種類は、上位の法から順に、憲法、国民協議会(MPR)18の決定、法律、法律代行政令、政令、大統領令、条例、省庁や委員会等が定める命令・決定となっている(法律の制定に関する法律2011年12号7条)。

(2)慣習法(アダット法)19

 インドネシアには、「アダット法」と呼ばれる慣習法が存在する。憲法でこの慣習法の存在が認められている(憲法18B条2項/この規定は2000年の憲法改正で設けられた。)。

 インドネシアは約1万7500の島々で構成される島嶼国で、前記のとおり、200から300とも言われる民族が各地で独自の文化を形成している。この中で、各地域共同体のルールとしてそれぞれ築かれてきたのが、慣習法である。そのため、慣習法の内容は地域共同体ごとに千差万別である。ただ、「法」とは言っても、一般的にイメージされる法律とは異なり、その地域共同体独自の「習わし」のようなものでもある(主に口伝され、故に、その内容を特定すること自体、難しい。裁判では、その地域共同代の構成員の証言が証拠となり得るが、ときにバイアスがかかっている。)。さらに、その内容は、社会の変化に応じて変わっていく。一方で、それを構成する個人ではなく、地域共同体を重視するという共通した特徴を有している。慣習法は、土地や森林等の天然資源に対する権利として主張されることが多いが、この権利主張を行うのは、個人ではなく地域共同体である。

 都市化の進展に伴い、その影響力はどんどん低下しているものの、慣習法は農村部を中心に残っている(1999年以降の法律では、慣習法としての地域共同体の権利が法律上明記されていることもあるが、その地域共同体が現に実在することが権利行使の要件として求められるため、都市部では、この要件を充たすことは通常考えられない。)。前記の慣習法の特質に照らせば、部外者がその慣習法の存在を予測することは、困難である。例えば、州政府による法律上の許可を得て農村部で土地や森林等の天然資源に関する取引・開発等を行おうとしたものの、それらを長年利用してきた地域共同体の反発を受けてしまうケースも存在する。その後、憲法裁判所で、地域共同体の権利が慣習法として認められることで、州政府に許可権限を与える法律自体が違憲であると事後的に判断されてしまうこともある。

 とりわけ農村部で土地や森林等の天然資源に関する取引・開発等を行う場合には、慣習法の存在を念頭に置く必要がある。

(3)宗教法(主にイスラム法)

 13世紀のイスラム文化・イスラム教の渡来を端緒に、インドネシアのイスラム化が進み、国民の約9割がイスラム教徒である。

 イスラム法によって主に規律される分野は、婚姻や相続等である。インドネシアの司法制度として、最高裁判所の下に、通常、宗教、軍事、行政の4つの裁判系列が下級裁判所として存在する。そして、宗教裁判所は、イスラム法に基づき、婚姻や相続等に関する事件を管轄する。

 

※ 本コラムは、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等への相談をご検討ください。また、筆者は、インドネシア法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、インドネシア現地事務所と協同させていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は執筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。

 

1 JETRO(https://www.jetro.go.jp/world/asia/idn/basic_01.html

2 外務省(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol171/index.html

3 TheJakartaPost(https://www.thejakartapost.com/news/2020/01/30/govt-must-prepare-declining-productive-age-population.html

4 JETRO (https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/08/1252e04150e80833.html

5 外務省(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/indonesia/data.html

6 日本経済新聞(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64988460U0A011C2MM8000/

7 JETRO主催インドネシア投資ウェビナー(2020年9月25日実施)のBKPM作成資料

8 厚労省(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09109.html

9 特定技能制度は、入国時の問題にとどまらない。むしろ、入国後において遵守しなければならないルールが多数定められており、かつ、とても複雑である。入管法だけではなく、労働法令の遵守も求められる。一方で、これらに違反があった場合には、罰則・企業名の公表のみならず、認定取消しによってこの制度を一定期間利用できなくなるなど、制裁は大きい。入管法、技能実習法、労働法等に精通した弁護士等の専門家による分野横断的なアドバイスが求められるところである。

10 在京インドネシア大使館主催フォーラム「世界経済の新たな流れとインドネシアの立場-日本企業の投資の受け皿として、投資環境の改善の現状-」(2020年8月25日実施)のルフット氏の発言

11 JETRO(https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/10/e31375a6426d39e8.html

12 在本邦インドネシア共和国大使館・東京(https://kbritokyo.jp/visa/

13 島田弦編『インドネシア 民主化とグローバリゼーションへの挑戦』旬報社(2020年)30~38頁の分類に従った。

14 注5の外務省ホームページより一部抜粋

15 政治統計2015年度(https://www.bps.go.id/publication/2015/12/15/b3301fed1a0a5c6c515cd146/statistik-politik-2015.html

16 注5の外務省ホームページより抜粋

17 ちなみに、筆者は米国のロースクールで米国法を学んだが、裁判所の個々の判断が積み重なってルールが形成されていくというCommon Lawの考え方に初めは戸惑った。

18 国会議員と地方代表議会議員で構成され、大統領や副大統領の任免等を決定する。

19 本項目の記載は、Simon Butt and Tim Lindsey, ‘INDONESIA LAW’(OXFORD UNIVERSITY PRESS 2018)127-142を参考にした。