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香港法(2) 香港基本法/香港で適用される法律
今改めて基本法の仕組みを見る

【執筆者】増山 健

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1 はじめに1

 前回のコラム「香港法(1) 香港ビジネスと法制度」で述べたとおり、法制度という観点から見た香港ビジネスのメリットは、「中国の一部でありながら、中国大陸とは異なる(諸外国にとって理解と予測がしやすい)法律や司法制度が適用され、高度な法の支配が存在する」ことであり、これこそが一国二制度の根幹であるといえます。この一国二制度により、多くの企業や投資家が、安心して香港でビジネスをするメリットを享受してきました。
 では、この一国二制度は、法的には、何によって支えられているのでしょうか。本年6月30日に可決され、同日午後11時(現地時間)から早速施行されたいわゆる「香港版国家安全法」(正式名称「中華人民共和国香港特別行政区維護国家安全法」。以下「国家安全法」といいます。)をめぐって、中国政府は、一国二制度を強固なものとし、むしろ2047年以降も自由を保障することになるとする一方2、日本を含む諸外国からは異論もあり、様々な議論を巻き起こしています。香港へのビジネス進出、投資を検討するにあたっては、それらの議論から完全に目を背けるわけにはいきませんし、また、そもそも香港に進出するメリットを理解する前提として一国二制度を支える根拠を知っておくことは有用です。
 そこで、本コラムでは、一国二制度の前提となる香港基本法と、香港で適用される法律(法源)を、最近の動きを踏まえつつ、概観します。
 
 なお、本コラムは、あくまで香港ビジネスにかかわる日本人や日本企業向けに、法制度の概要をご説明するもので、国家安全法を含む特定の法律ないし法案に対する賛成・反対その他の政治的主張を行うことを意図したものではありません。最近の香港の動きには目まぐるしいものがあり、本コラムを通じて、今後の香港ビジネスを検討するための視座を提供できれば何より幸いです。

2 香港基本法の沿革
(1)中英共同声明における返還の合意

 周知のとおり、香港は、アヘン戦争以後イギリスが植民地として支配を行ってきましたが、1984年12月19日、イギリスと中華人民共和国(以下「中国」といいます。)との間の中英共同声明(Sino-British Joint Declaration On The Question Of Hong Kong)により、1997年7月1日をもってイギリスから中国に返還されることとなりました。この際、イギリスと中国は、香港において、返還後50年間にわたって、社会主義政策を実施しないことや資本移動の自由を保障すること、返還時に適用されている法律を原則として維持すること、独自の政府と立法会と裁判所を設置すること、司法権の独立を認め香港域内での終審権を保障すること等を合意しました。
 しかし、これらの合意事項は、いずれも、当時の中国の社会制度や統治モデルと相反するものでしたから、中国の憲法上、何のルールメイキングもなくそのまま実施することは不可能でした(日本に置き換えていえば、一部の都道府県で、国会で制定した法律とは全く内容の異なる都道府県議会の制定する条例で運用することとして、裁判も都道府県内のみで三審制が完結する、というような制度を作るようなものです)。
 そこで、香港を中国憲法上認められた「特別行政区」とした上、「中国香港特別行政区の基本法」(a Basic Law of the Hong Kong Special Administrative Region of the People’s Republic of China)を制定して合意した基本的事項を盛り込むこととし、中英共同声明を中国の憲法上も実施できるようにしたのです(中英共同声明3条1項、同12項)。

 

(2)香港基本法の制定

 これを受けて、中国は、まず、下記中国憲法31条に基づいて、香港を「特別行政区」と定めました。

  • 中国憲法31条-「国家は、必要のある場合は、特別行政区を設置することができる。特別行政区において実施する制度は、具体的状況に照らして、全国人民代表大会が法律でこれを定める。」

 そして、この条文に従い、全国人民代表大会(以下「全人代」といいます。)は、1990年4月4日、「特別行政区において実施する制度を定めた」中国の法律として、「香港基本法」を成立させました3。基本法の中では、香港が中国の不可分の一部であることをうたいつつ(1条)、中英共同声明で合意された高度の自治の保障、行政権・立法権・司法権(終審権を持ち、独立が保障されている)の授与(2条)、返還前の資本主義制度や生活様式を50年間変更しないこと(5条)、返還前のコモンローを含む法制度が原則として維持されること(8条)が定められています。つまり、法的な観点から見れば、「一国二制度」は、中国の法律である基本法の個別の規定により保障されたものなのです4
 この基本法は、中国の法律でありながら、前述のような特殊な制定経緯を持ち合わせていることに加え、政治体制のみならず、法の下の平等(25条)、言論の自由(27条)、通信の秘密(30条)や職業選択の自由(33条)等を含む住民の基本的権利及び義務をも定めていること等から、「ミニ憲法」と称されることがあります。香港で経済活動を行うにあたっては、これらの基本的権利が保障されていることも重要です。

3 香港で適用される法律(法源)

 上記のとおり、基本法は、香港で返還前に実施されていたコモンロー体系を維持し、大陸とは異なる法律が適用されることを明らかにしています。法律用語でいえば、大陸と香港とでは法源が全く異なる、ということになります。
 具体的には、大陸の全人代で制定される法律は原則として適用されず(18条。ただし例外があることは後述)、香港の立法会により制定される条例(Ordinance)が適用されることとなります。例えば、会社法については、大陸の会社法制とは大きく異なる内容のCompanies Ordinance (Cap. 622)が存在しますので、香港で設立した会社と大陸で設立した会社とでは、異なるガバナンス設計をすることになるでしょう。また、コモンロー体系を採用していますから、制定法ではなく判例法、つまり過去の裁判所による判断の集積によって成り立っている分野もあります。例えば、契約法については、日本のような統一的な民法典が存在するわけではなく、主として判例法(いわゆるコモンロー・エクイティ)によって現在でも法運用がなされています5。特徴的なのは、他のコモンローの法域(イギリス、カナダ、オーストラリア等)の判例を参照することも可能であるということであり、その意味では、一定の分野において国際標準の法が採用されているということもできます。
 加えて、裁判の多くは英語で実施されており、条例はもちろんほとんどの公文書が英語でも発出されています。中国語が全くできない弁護士や裁判官もいるくらいです。香港のロースクールの授業も、全て英語で実施されました。これらの点も、大陸と大きく異なる点です。
 また、上記はいずれもイギリスの法体系に由来するものであることから、香港のロースクールでは欧米系の教授が多数在籍しているほか、裁判官や弁護士の中にも外国籍の方が多数います。弁護士の競争も激しく、求められる能力水準は非常に高いと評されています。これら専門家の能力の高さも、香港独自の法制度運用を支えているものといえます。

 

4 香港基本法は中国と異なる法制度を完全に保障しているのか?

 上記のとおり、香港基本法により保障された一国二制度により、香港で中国と異なる法制度が運用されていることをみてきました。しかし、香港で中国と異なる法制度の運用(「二制度」の部分)を完全に保障しているといえるかは、慎重に考えなければなりません。以下で、いくつかのポイントを取り上げてみます。

(1)法院の違憲審査権と基本法の「解釈権」

 基本法は、香港で生活し、経済活動を行う上での基本的権利を保障しています。しかし、万が一、基本法が無視され、権利を侵害するような法律が制定されるおそれはないでしょうか。「基本法が権利を保障している」といっても、実際には基本法を守らせる誰か/何かがなければ、絵に描いた餅となってしまいます。
 日本の法律制度からいえば、もし憲法に反するような法律が制定されたり、憲法に反するような行為を行政が強制したりすれば、裁判所に訴えを提起し、憲法に反する法律の適用を無効とさせたり、行政の行為を取り消させたりすることが考えられます。最終的には、裁判所が法律や行政の行為が憲法に適合しているかを判断することができる、つまり違憲審査権を持っているのです。これが、最高裁判所が「法の番人」と言われるゆえんです6

 香港でも、同様に、基本法に反する法律は効力を持たないこととされており(11条)、法院がその違憲審査を行います7。実際に、1997年の返還後、終審法院は違憲審査を実施し、いくつかの法律を基本法違反と判断してきており、法院に司法審査(Judicial Review)の申立てが行われることも一般的です。直近の例としては、まだ係争中で確定していませんが、日本でも報道された覆面禁止条例の基本法違反判決(一部違反)が記憶に新しいところです。
 しかし、違憲審査に関しては、香港特有の問題として、基本法の「解釈権」という問題があります。すなわち、基本法158条は、次のように定めています。

  • 基本法の解釈権は、全国人民代表大会常務委員会に属する。
  • 常務委員会は、香港特別行政区法院に、香港特別行政区の自治範囲内の条項に関して自ら解釈する権利を授与する。
  • 香港特別行政区法院は、案件を審理する際に本法のその他の条項についても解釈することができる。ただし、香港特別行政区法院が案件を審理する際に、本法の中央人民政府の管理する事務又は中央と香港特別行政区の関係に関する条項について解釈する必要があり、また当該条項の解釈が案件の判決に影響する場合には、当該案件に対し上訴できない最終判決がなされる前に、香港特別行政区終審法院は全国人民代表大会常務委員会について、関係条項について解釈を求めなければならない。全国人民代表大会常務委員会が解釈を行い、香港特別行政区法院が当該条項を引用するときは、全国人民代表大会常務委員会の解釈に準拠しなければならない。

 複雑な条文ですが、要するに、ある具体的な法律が基本法に違反するかどうかは、全人代の常務委員会が基本法を「解釈」して判断する、というものです。香港法院も、事件の審理にあたって基本法を「解釈」することができますが、一定の事件では、全人代常務委員会に解釈を要請し、それに従う義務があります。終審法院の判例でも、全人代常務委員会は無制限の解釈権限を有すると明言されています8
 そのため、基本法により保障されている内容は、完全に香港で決められるというような性質のものではなく、全人代常務委員会が「解釈権」を行使することによって、その限界を変動させることができるということになります。これは、日本の法制度からすればしっくりこないものですが、実は、中国憲法と同様の定め(中国憲法67条1項は、憲法の解釈権が全人代常務委員会にあると明記)であり、むしろ、中国大陸にとっては、「常識」であるといえるでしょう。
 実際、全人代常務委員会は、過去、5回にわたって自ら解釈を実施しており、そのような可能性もあることは念頭に置いておく必要があります。

(2)例外的に香港で適用される大陸の法律

 また、大陸の法律が香港で「全く」適用されないというわけではなく、例外が設けられています。それが、下記の基本法18条2項と同条3項です。

  • 大陸の法律は基本法附属文書3に掲げるものを除き、香港特別行政区では施行されない。
  • 附属文書3に列挙される法律は国防、外交及び香港特別行政区の自治範囲に属しない法律に限定される。

 従来、この附属文書3には、国籍法、国旗法、外交特権及び免除に関する条例などが列挙されており、経済活動にはほとんど直接的に影響しないものばかりでした。
 しかし、最近の香港での情勢不安に対処するため、全人代は、一定の行為に対して刑事罰を科す国家安全法を可決し、この付属文書3に列挙する方法で、香港へ直接適用することとしました。つまり、「国防」や「外交」問題に対処するための例外規定により、香港政府や香港の立法会での審議を経ることなく、全人代が直接香港に適用する法律を成立させたということです。
 実は、国家安全に関する法律を香港に導入することが議論されたのはこれが初めてのことではなく、2003年に香港政府が香港立法会に国家安全条例の法案を提出して制定を試みたことがあります。というのも、香港基本法23条は、香港特別行政区に対して、自らの立法により、反逆や国家分裂、反乱の扇動等を禁じる立法をすることを義務付けていたからです。ところが、この時に約50万人が反対デモを行ったため、撤回を余儀なくされ、以後、返還から20年以上が経過しても立法することができていませんでした。それゆえ、中国政府は、「基本法第23条は香港特別行政区が国家安全維持のために自ら立法する権限を与えているが、返還から23年近くが経っても、反中・香港擾乱勢力と外部敵対勢力による強力な阻止・妨害により、関連の立法はなお完了しておらず、香港特別行政区が23条立法を達成するのは実際にはすでに非常に困難である。」と判断して、今回のように、全人代の方で立法を行うことを決めた、という経緯があります9
 国家安全法の条文自体は公表されたばかりであり、また、どのような運用がなされるのかを現時点で明言することは到底できません。しかし、この法律の制定過程が、基本法上は、上記のようなロジックで行われたということを知っておくことは、意味があるでしょう10

以上

1 本コラムは、一般的な情報提供にとどまるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等へのご相談をご検討ください。また、筆者は、香港法弁護士資格を有するものではありませんので、ご相談内容によっては、香港現地事務所と共同してさせていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。

2  South China Morning Post “National security law for Hong Kong to boost ‘one country、 two systems’ and ensure freedoms beyond 2047: top official in most candid comments yet from Beijing” (2020年6月8日) https://www.scmp.com/news/hong-kong/politics/article/3088031/deng-xiaoping-always-believed-mainland-could-step-if

3 実際には、全人代のみで審議が行われたわけではなく、香港の委員を含む起草委員会が1985年4月に設置され、同委員会で草案が作成されています。

4 中英共同声明が法的にどのように位置づけられるのかは議論があります。

5 ちなみに大陸では、近時、統一的な民法典が公布され、2021年1月1日より施行予定となっており、香港のコモンロー体系の法制度よりむしろ日本の民事法制度に近いものとなっています。

6 そんなことは滅多に起きないからビジネスには特に関係がないと思われる方がいるかもしれませんが、むしろ逆に、裁判所が違憲審査をする権限を持っているからこそ、立法や行政も憲法に反するようなことを軽々しく行わない(=滅多に起きない)のだと私は考えています。この考え方は、契約交渉や紛争解決の場面でも同じで、「最悪の場合、何が起こるか/何ができるか」ということが相手方へのプレッシャーや交渉材料になるのであり、これを正確に分析・把握した上で戦略をアドバイスするのが法律家である弁護士としての仕事であると理解しています。

7 Ng Ka Ling v Director of Immigration (1999) 2 HKCFR 4

8 Ng Ka Ling v Director of Immigration (1999) 2 HKCFR 141~142

9 中華人民共和国駐日本大使館「香港国家安全立法について知っておくべき六つの事実」(2020年6月10日)

10 前注9において、中国政府側は一国二制度に関し、次のように述べており、中国政府側の考えを知るのに有用です。「「一国」は「二制度」を実行する前提と基礎で、「二制度」は「一国」に従属しこれから派生するとともに、「一国」の中に統一されるものである。「一国」は根本であり、「一国」の原則が揺らぐならば、「二制度」は話にならない。香港に混乱が生じた重要な原因の一つは、反中香港擾乱勢力と外部勢力が「一国」という根本を無視し、「一国二制度」の原則の最低ラインに挑戦したことだ。」