コラム
2018年07月30日
債権法改正~合意更新時の適用法
~法制審部会資料85と『一問一答』の齟齬~
【執筆者】阪口 彰洋
1 はじめに
(1)改正債権法の施行まで2年を切るようになって,合意更新時の適用法についてのご相談が増えてきました。推測するに,現時点で締結する契約に有効期間を定めつつ自動更新条項を入れ,2020年4月1日以降に到来する更新時点を迎えた場合,現行法(その時点では「旧法」というべきですが)と新法のいずれが適用されるのか,ということを考えざるを得なくなってきたのではないかと思います。
(2)例えば,清掃,警備などの業務委託契約は,1年ごとの自動更新条項で継続更新していることが多いと思われますが,2020年4月1日以降に更新した場合,現行法と新法のいずれか適用されるかによって,解除その他に違いが生じます(民法の一部を改正する法律〔平成29年法律第44号〕改正附則32条等)。
また,ゴルフ場敷地の賃貸借契約や,大規模商業施設のための駐車場契約については,借地借家法の適用はありませんが,賃借権の(仮)登記がされていることがあります。これらの賃貸借契約は,当初に定めた賃借期間が満了した後も明示・黙示のうちに更新されるのが通常でしょう。その更新が2020年4月1日以降であった場合に,更新後,土地所有者が他に土地を譲渡しつつ,賃貸人の地位を留保することができるかについては,新法が適用されるとすれば新法605条の2第2項により,賃借人の同意なく可能ですが,現行法が適用されるとすれば賃借人の同意なしにはできないと解されます。
弁護士の業務に身近なところでいえば,弁護士と依頼者の間の顧問契約においても同様の問題が生じます。顧問契約においては,一定の期間を定めつつ,自動更新条項を定めることは珍しくないところ,2020年4月1日以降に自動更新された場合の適用法によって,書類の保管責任や顧問料債権の時効期間に違いが生じるからです。すなわち,現行法では書類の保管責任は3年(171条),顧問料債権は2年(172条)の短期消滅時効に掛かりますが,新法では,職業別短期消滅時効制度が廃止されるため,行使できることを知った時から5年,又は,行使できる時から10年が経過しない限り,消滅時効に掛かりません。
他方,売買取引基本契約のように,個別売買契約の締結が別個に観念される基本契約については,適用法を決める基準となるのは基本契約ではなく,個別売買契約と考えられますので,契約の更新と適用法という問題は生じないと思われます。
2 筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』について
(2)この『一問一答』の編者・著者は,債権法改正作業に携わった法務省立案担当者です。そのため,『一問一答』のはしがきには,「本書は,編著者らが個人の立場で執筆したものであり,意見にわたる部分は編著者らの個人的見解にとどまる」と記載されてはいますが,弁護士を中心とした実務家からは,『一問一答』はいわば「公式見解」のように認識されることが多く,現に,『一問一答』が今年3月に出版された後は,これに右に倣えの解説をする書籍が増えています。特に,合意更新時の適用法について触れたものは,『一問一答』の上記解説をそのまま転記している書籍ばかりです。
3 部会資料について
(1)ところで,新法施行時の経過規定に関する法制審議会民法(債権関係)部会の部会資料の主たるものは,「民法(債権関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(18)」(以下「部会資料85」といいます。)です。
(2)部会資料85(4,5頁)の「第4 契約総則・各則の規定の改正に関する経過措置」には,以下のとおり記載されています。
「改正後の民法の契約に関する規定・・・については,基本的には,施行日以後に契約が締結された場合について適用し,施行日前に契約が締結された場合についてはなお従前の例によることとする考え方があり得る。契約の当事者は契約を締結した時点において通用している法令の規定が適用されると考えるのが通常であるため,施行日前に契約が締結された場合について改正後の民法の規定を適用すると,当事者の予測可能性を害する結果となること等によるものである。
もっとも,賃貸借に関する規定・・・のうち,賃貸借の更新に関する規定・・・については,施行日前に賃貸借契約が締結された場合であっても,施行日以後にその賃貸借契約の更新の合意がされるときは,改正後の民法の規定を適用することとする考え方があり得る。賃貸借契約の更新は契約の当事者の合意により行われるものであるため,更新後の賃貸期間の上限を20年から50年に改める旨の改正後の民法の規定を施行日前に契約が締結された場合について適用しても,契約の当事者の予測可能性を害することにはならないこと等を根拠とする。ただし,施行日前に締結された契約につき,施行日前に更新の合意がされた場合についてまで改正後の民法の規定を適用する必要はない・・・ことから,施行日以後に賃貸借契約の更新の合意がされる場合に限るのが合理的であると考えられること等によるものである。
また,不動産の賃借人による妨害排除等請求権に関する規定・・・については,施行日前に不動産の賃貸借契約が締結された場合であっても,施行日以後にその不動産の占有を第三者が妨害し,又はその不動産を第三者が占有しているときは,改正後の民法の規定を適用することとする考え方があり得る。契約の当事者ではない第三者に対する妨害排除等請求権を認める旨の改正後の民法の規定を施行日前に契約が締結された場合について適用しても,契約の当事者の予測可能性を害することにはならないこと等によるものである。」
(3)部会資料85の上記記載は,各種契約に関する規定のうち,賃貸借の更新に関する規定(新法604条2項)と不動産の賃借人による妨害排除等請求権に関する規定(新法605条の4)についてのみ,契約の当事者の予測可能性を害することにはならないこと等を理由に,例外扱いするもののように読めます。
4 法制審議会民法(債権関係)部会第97回会議について
(1)法改正の経過規定については,平成26年12月16日に開催された法制審議会民法(債権関係)部会第97回会議において,部会資料85に基づいて審議がされました。
【議事録31,32頁】
「○中田委員 取引基本契約書に譲渡制限特約がある場合に,その基本契約書は2年とかで更新されるということがあると思うんですけれども,その場合についてはどうお考えでしょうか。と申しますのは,4ページで,賃貸借の更新については更新があった場合には新法が適用されるとなっていて,借地借家法の附則6条とはあえて異なる規律を提案しておられます。それとの関係で契約の更新をどう考えるのか,お考えをお聞かせください。
○村松幹事 更新あるいは延長的な取扱い・・・が問題になると思っておりまして,ただ,今回は経過措置が問題になっており,経過措置の趣旨からいえばどういう法律が適用されるか,予測した状態で正に契約の延長なり,変更なりをすると,あるいは更新をするということであるとすれば,そこでは新しい法律が適用されるんだという理解は十分あり得るのではないかなとは考えております。更新等が問題になる類型はいろいろありますので,あるいは個別の趣旨に応じてという部分があるかもしれませんけれども,譲渡禁止特約に関していえば,今,申し上げたように,更新等をすればその時点で新たな合意されているということを重視して,新法が適用されると理解すればよいのではないかと考えておりました。」
【議事録53,54頁】
「○山本(敬)幹事 確認だけなのですが,契約総則・各則の規定に関しては,施行日以後に契約が締結された場合は,改正法によるが,施行日前に契約が締結された場合には従前の例によるというのはそうなのだろうと思うのですが,例えば組合契約のようなものの場合,従前の例にずっとより続けるということに,これだとなるはずなのですが,本当にそれでよいのだろうかというのが少し気になります。賃貸借に関して,更新については特別に考えるということが出てくるわけですけれども,組合に関してはそれでよいという御判断なのかもしれませんが,本当に問題はないのでしょうか。・・・本当にこれでよいのかどうかはよく分からないのですけれども,事務当局のお考えをお聞かせいただければと思います。
○村松幹事 今の点で申し上げますと,組合について何か特に特別な取扱いをしようとは考えてはおりませんでしたけれども・・・新法で規律される方が望ましいから,新法の適用を受けたいというようなことが組合契約の当事者間で議論されることはあり得るかと思うんですけれども,その場合には新しい施行後にそれぞれ契約上,措置をしていただくということが一つ,一応は考えられるのではないかなとは考えておりました。」
(3)山本敬三教授の発言は,部会資料85に基づき,賃貸借の更新に関する規定が例外であるという認識を元にしたものであることが明らかです。
他方,村松秀樹参事官(『一問一答』の編著者でもあります。)は,合意更新をすればその時点で新たな合意がされているということを重視して,新法適用という見解を述べていますが(その点では,『一問一答』の解説と同じです。),上記2(1)のような分類の見解を述べたものではありません。また,譲渡禁止特約の局面を念頭に置いているようにも述べられていますが,譲渡禁止特約の適用法については,この第97回会議において,部会資料85で提案されていた「譲渡制限の意思表示時案」に対して反対する意見が述べられ,債権流動化促進のために,部会資料87「民法(債権関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(19)」で,適用法を債権譲渡時で決めることに変更されたという経過もあります(改正附則22条参照)。
(4)法制審議会では,これ以上,合意更新時の適用法に関する議論は深まらず,関係者の認識は必ずしも一致していたものではないように思われます。
5 改正附則34条2項について
(1)民法の一部を改正する法律の改正附則34条は,以下のとおり規定しています。
「1項 施行日前に贈与,売買,消費貸借(旧法第589条に規定する消費貸借の予約を含む。),使用貸借,賃貸借,雇用,請負,委任,寄託又は組合の各契約が締結された場合におけるこれらの契約及びこれらの契約に付随する買戻しその他の特約については,なお従前の例による。
2項 前項の規定にかかわらず,新法第604条第2項の規定は,施行日前に賃貸借契約が締結された場合において施行日以後にその契約の更新に係る合意がされるときにも適用する。
3項 第一項の規定にかかわらず,新法第605条の4の規定は,施行日前に不動産の賃貸借契約が締結された場合において施行日以後にその不動産の占有を第三者が妨害し,又はその不動産を第三者が占有しているときにも適用する。」
(2)部会資料85については,「言わば暫定版」であり,検討の途中経過の説明資料ということが強調されていましたが(第97回議事録49,54頁),改正附則34条2項,3項を見れば,部会資料85の考え方に基づいてそのまま立法されたように見えます。そうだとすれば,改正附則34条2項は,この条文がなければ異なる結論になることから明文の規定を置いた「創設的規定」と考えるのが素直ではないかと思われます。
(3)しかしながら,『一問一答』は,改正附則34条2項について,同条1項との関係で,その位置付けが不明瞭なものとならないようにするための「確認的規定」にすぎないと解説しています。
(4)このように,合意更新時の適用法については,立法経過からは必ずしも明らかではないように思われますが,上記3で述べたとおり,『一問一答』とこれに追随する書籍によって,このような理解が広まっていくことになるのではないかと思われます。
6 「合意更新」に新法が適用されるとした場合の射程範囲
(1)そもそも「合意更新」というのは,当初の契約の有効期間を延長するものなのか,当初の契約と同じ内容の契約を再び締結するものなのか,いずれとも構成できるように思いますが,『一問一答』は,原則として,後者のように捉えているのではないかと思われます。
というのは,『一問一答』は,「更新については,契約全体の更新という形式を取らず,期間の更新という形式が取られることもあると考えられるが,基本的には,同様に扱えば足りると解される。」と解説しているためです。
ただ,期間の更新という形式を取った場合に,「基本的に」新法が適用されるという点に関して,例外があるのか,あるとすれば,どのような場合なのかにつき,『一問一答』がどのように考えているのかは明らかではありません。
(2)『一問一答』は,期間の満了前に両当事者のいずれかが異議を述べない限り,自動的に契約が更新されるケースについても,契約期間満了までに契約を終了させないという不作為があることをもって,更新の合意があったと評価することができると解説していますが,不作為をもって更新の合意があったという見解は,大胆な考え方と思われます。例えば,更新時に,一方当事者が意思能力や行為能力を喪失した状態であった場合の法律関係について,どのように考えるのか明らかではありません。今後,この点が争われる裁判が起きた場合の結論が興味深いところです。
(3)ただ,『一問一答』の影響力によって,自動更新の場合にも新法が適用されるという理解が広まっていくと考えられますので,仮に,新法施行前に,長期間の契約を締結しようとする場合において,2020年4月以降もできるだけ新法の適用を避けたいとすれば,「期間の定めあり,プラス,自動更新条項」という法律構成ではなく,「期間の定めなし,プラス,解約については,解約できない期間を設定した上,その後も,例えば1年間の予告期間が必要」というような法律構成を検討せざるを得なくなると思われます。
以上