コラム

相続・税務

相続法改正で公正証書遺言のメリットがなくなる?!
~遺言制度に関する法改正のポイント~

【執筆者】増山 健

1. はじめに

 第196回国会において、民法中の相続に関する規定等を改正する法律案が可決され、成立しました。今回の相続法分野に関する改正は、約40年ぶりの大きな見直しとも言われており、実務への影響を与えることは必至です。特に、近年静かなブームを迎えていると言われる「終活」の根幹である遺言書作成の実務には、大きな影響を与えるでしょう。
 今回改正された項目は多岐にわたりますが、遺言制度そのものに関する改正点としては、①自筆証書遺言の方式緩和、②自筆証書遺言の保管制度の創設、③遺贈の担保責任の規定の整備、④遺言執行者の権限明確化等の4点を挙げることができます。
 そして、このうちの①と②は、遺言書作成の実務上も重要な改正点であると考えられますので、本コラムでは、まず、この①と②の簡単な解説を行い、それを踏まえた留意点の検討を行います。その上で、その他の遺言制度に関する改正点である③と④についても少し触れておきたいと思います。

2.自筆証書遺言に関する改正法案の概要と留意点
(1)自筆証書遺言の方式緩和(①)

 自筆証書によって遺言をするには、遺言者自らが「全文」を自書しなければならず(現行民法968条1項)、代筆やパソコン等でタイプしたものを印刷した文書では有効にならないため、例えば相続財産に含まれる不動産の所在地や、預貯金口座の口座番号等の情報も含めて、遺言者が手書きで記載しなければならないとされてきました。しかし、これらの財産の特定に関する事項については、細かい記載事項も多いため、高齢者の方には作成の負担が大きいばかりか記載のミスも起こりやすい制度となっていました。
 そこで、改正民法968条2項には、以下のような定めを置くこととされています(現行の2項は、3項に繰り下げられます)。

「前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第九百九十七条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。」

 すなわち、不動産や預貯金口座等の相続財産を特定するための「目録」については、自書の代わりに、目録の全頁に署名・押印することで要件をみたすこととしたのです。これにより、例えば、不動産については登記事項証明書を、預貯金口座については通帳のコピーを別紙として添付して、全頁に署名・押印をすることで、より正確な遺言を作成することが可能となります。
 ただし、この「目録」を修正したりする場合には、自書、さらに押印による修正をしなければならない点には注意が必要です。
 また、施行日前に作成された自筆証書遺言には、上記の規定は適用されませんので(改正法附則6条)、このような自筆証書遺言が有効となるのは、あくまで改正法が施行された後に限られる点にも、注意が必要です。

(2)自筆証書遺言の保管制度の創設(②)

 自筆証書遺言は、そのほとんどが遺言者の家の引き出しや金庫等で保管されているため、作成後に近親者等によって偽造されたり紛失されてしまったりすることがあり、また、それらの可能性をめぐって相続人間で紛争を引き起こしてしまうことがよくあります。
 そこで、今般の改正に際して、自筆証書遺言の保管に関するトラブルを防止するため、新たに「法務局における遺言書の保管等に関する法律」を制定することとし、自筆証書遺言を、法務局に保管する制度を設けることとなりました。なお、法律案の全文は、平成30年7月10日現在、以下のウェブページから閲覧可能です。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g19605059.htm

 保管を行うためには、遺言者自身が法務局に自筆証書遺言の原本を持参し、一定の手数料を支払った上で(政令で定めることとされています。)、保管申請をしなければなりません。法務局が保管を行うこととなった場合には、原本を保管するとともに画像情報化して保存がされます。そして、相続が開始した後、相続人・受遺者・遺言執行者は、法務局に対して、遺言書の閲覧や、遺言書の画像情報等の証明書の交付を請求することができ、さらに、相続人等のいずれかがその手続をした場合には、法務局からその他の相続人に対し遺言書を保管していることが通知され、遺言書の存在が明らかになります。そして、通常の自筆証書遺言では、相続開始後、家庭裁判所で「検認」と呼ばれる手続を受けなければなりませんが、この制度を用いた場合、検認手続を省略可能です。
 この制度を利用することにより、自筆証書遺言の保管に関するトラブルは相当程度防止することができるようになるでしょうから、自筆証書遺言を作成する場合には、積極的に利用を検討するべきでしょう。

(3)実務上の留意点~相続法改正で公正証書遺言のメリットはなくなるのか?~

 このように見てみると、もし上記のとおり相続法が改正されれば、自筆証書遺言が従来よりも活用しやすくなってくるため、自筆証書で遺言をするケースは、一定数増えるだろうと考えられます。特に、改正点②の自筆証書遺言が公的機関において保管される制度が一般に普及するようになれば、遺言書作成の際に、わざわざ手間や費用をかけて弁護士・公証人等に依頼して公正証書遺言を作成することなく、自ら自筆証書遺言を作成して、法務局へ預けることで「終活」を済ませるという方も出て来ることでしょう。
 しかし、自筆証書遺言の方式が緩和され、かつ保管制度ができたからといって、公正証書遺言が不要になる、というわけではありません。
 法務局は、法務省令で定める様式に従っているかどうかという点では遺言の中身を確認してくれますが、それはあくまで保管をするために必要な範囲での確認しかしてくれません。遺言の内容面について審査や確認をしてくれるわけではないのです。しかし、相続を争族にしないような遺言を作成するにあたっては、一部の相続人の遺留分を侵害していないか、遺言執行者の指定がなされているか等、後の相続人の無用な争いを生み出すことのないよう、内容面の慎重な検討をすることが重要です。
 また、公正証書の場合には、作成の際に公証人や2名の証人が立ち会いますから、作成の時に遺言者がどの程度の理解力をそなえていたか否かについても、後に証言できる人を確保できるということになります(勿論、時間が経って公証人や証人の記憶が薄れてしまったり、公証人や証人の方が先に亡くなることも有り得ますので、絶対的な証拠になるわけではありませんが)。
 遺言を作成するからには、例えば自分亡きあとの配偶者のために財産を残したいとか、子どもたちが揉めることのないようにしたいとか、一定の目的があるはずですから、その目的をきちんと達成する中身になっているかどうか、専門家に相談して確認することは必須だといえるでしょう。
 その意味では、自筆証書遺言の作成を検討している場合であっても、手間と費用をかけてでも弁護士等の専門家に相談をすることがのぞましく、そして、方式についても、より記載にミスが起こることの少ない公正証書遺言の作成に変更した方が良い場合も多いと思われます。
 ただ、一定の場合には、敢えて公正証書遺言ではなく、自筆証書遺言を選択することにメリットがあることも考えられます。
 例えば、遺言を定期的に書き換えたい場合です。財産の変動が大きく、一度書いた遺言を訂正することが予定されているような場合には、その都度公証役場で遺言を作成するとなると、コストがかかってしまいます。そのような場合には、弁護士等からアドバイスを受けた上で、ご自身で都度自筆証書遺言を作成し直し、法務局に最新のものを保管しておく、というようなことが考えられます(ただ、その場合でも保管必要な手数料程度は必要でしょう)。
 それから、遺産の処理よりも、自己の死後の葬儀や死後事務的なこと、家族へのメッセージを重視している場合には、敢えて自筆証書遺言によることも考えられます。

3.その他の遺言制度に関する見直しのポイント

 その他、自筆証書遺言に関する点以外の遺言制度に関する見直しのポイントを簡単にご説明しておきます。

(1)遺贈の担保責任の規定の整備(③)

 まず、遺贈の担保責任を定める規定として、民法998条を以下のように改めることが提案されています。

「遺贈義務者は、遺贈の目的である物又は権利を、相続開始の時(その後に当該物又は権利について遺贈の目的として特定した場合にあっては、その特定した時)の状態で引き渡し、又は移転する義務を負う。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。」

 今般、債権法が改正されて、贈与の担保責任に関する規定が改められることとなりました。その内容にあわせて、遺贈の規定についても、上記のとおり改正されることが提案されています。

(2)遺言執行者の権限の明確化等(④)

ア また、遺言執行者に関する規定を整備することも、提案がされています。
 遺言執行者の権限に関する規律が現行法のもとでは不明確であり、実務上はしばしば相続人と遺言執行者のどちらが権限を行使できるのか、といったことが問題となってきました。そこで、遺言執行者の一般的・個別的な権限等をより明確化する規定を新設することが提案されており、中でも、以下の点に注意が必要です。

イ 遺言執行者の一般的な地位の明確化
 まず、遺言執行者の一般的な地位に関して、現行民法では、「遺言執行者は、相続人の代理人とみな」されていた(現行民法1015条)ところを、改正法では、次のように改めることが提案されています。
 「遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる。」
 さらに、遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権限を有するとされていました(現行民法1012条1項)が、ここに「遺言の内容を実現するため」という文言が加わりました。
 これらの変更点からは、遺言執行者は、相続人の代理人の立場ではなく、むしろ、(基本的には相続人の意思に関係なく)「遺言の内容を実現する」ことを目的とする立場にあるのであって、相続人の利益のために行動する立場にあるわけではない、ということが明確化されたともいうことができるでしょう。
 この点に関連して注意すべきなのは、上記のような改正法のもとでも、遺言執行者に就任した弁護士が、一部の相続人の代理人になることは、職務上全く問題がないわけではない、ということです。遺言執行者は、相続人の代理人ではないことが今回の改正により明確にはなったものの、遺言執行者としての公正性・中立性の問題は依然として問題となり得るのであり、その意味では、一部の相続人にいわば肩入れすることは、ケースバイケースではあるものの、問題視される余地はあるでしょう。遺言執行者には、引き続き、慎重な行動・対応が求められることとなります。

ウ 相続人に対する通知義務
 「遺言執行者は、任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない」とされ、遺言執行者から相続人に対する通知義務が課されられました。相続人の立場からみれば、相続が開始して遺言執行者が就職を承諾した場合には、速やかに遺言の内容を知ることができ、適正な遺言執行がなされているか否かを確認することができるようになります。

エ 特定遺贈の履行権限=遺言執行者のみが行う
 遺言中で特定遺贈がされている場合には、遺言執行者のみが特定遺贈の履行を行うことができるとされています。
 現行法のもとでも、裁判例上は、多くの局面において遺言執行者に権限があるとの判断を示してきましたが、今回は、法律上の規定でこのことを明らかにしようとするものです。
 なお、この権限は、遺言で別段の定めを置いて変更することが許されないと考えられていますが、遺贈の種類ごとに異なる複数の遺言執行者を指定したりして、遺言執行者を誰にするかを工夫することで対応可能です(法制審議会部会資料26-2補足説明・6頁参照)。

オ 「特定財産承継遺言」の履行権限=遺言で別段の定めを置かない限り、遺言執行者が、登記・引渡しや、預貯金の払戻し等を行う
 「遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言」があった場合には、対抗要件を備えさせるために必要な行為(登記や引渡し等)や、預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れについては、遺言で別段の定めを置かない限り、遺言執行者が行うこととされています。
 現行法のもとでは、遺言執行者に預貯金の払戻権限を認めるか否かについて、下級審裁判例の判断がわかれていましたが、今回の改正で、その争いに決着をつけるものといえます。

カ 復任権
 現行法においては、遺言執行者は、やむを得ない事由がなければ第三者にその任務を行わせることができないとされていますが、今回の改正案では、むしろ、その原則・例外関係を逆転させ、「遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。」という条文を新設することとされています。
 これにより、より柔軟に遺言執行業務を行うことが可能となるでしょう。

以上