コラム

相続・税務

改正相続法の概要(総論)

【執筆者】堀内 聡

目次
  1. はじめに
  2. 改正の基本的な視点
  3. 改正の経過
  4. 改正法の概要
  5. 配偶者の居住権を保護するための方策(配偶者居住権と配偶者短期居住権)
  6. 遺産分割に関する見直し
  7. 遺言制度に関する見直し
  8. 遺留分制度に関する見直し
  9. 相続の効力(権利及び義務の承継等)に関する見直し
  10. 相続人以外の者の貢献を保護するための方策(特別寄与料)
  11. まとめ
1.はじめに

 今般,相続法の大幅な改正がなされる予定です。改正相続法案は第196回通常国会に提出され,現在まさに審議中です。本コラムでは、相続法の改正理由や改正点について総論的な解説を試みます。

2.改正の基本的な視点

 今回の相続法改正は,「高齢化社会が更に進展して,相続開始時点での相続人(特に配偶者)の年齢が従前より相対的に高齢化していることに伴い,配偶者の生活保障の必要性が相対的に高まり,子の生活保障の必要性は相対的に低下しているとの指摘がされている。また,要介護高齢者や高齢者の再婚が増加するなど,相続を取り巻く社会情勢にも変化がみられる。」「これらの社会情勢の変化等に応じ,配偶者の死亡により残された他方配偶者の生活への配慮等の観点から相続法制を見直すべき時期に来ているものと考えられる」との基本的な視点に基づく検討がなされてきました。
 そのため,現行法上,配偶者と子がほぼ等しい扱いがなされている点を見直し,基本的には配偶者に対する保障を手厚くする方向での議論がなされています。また,遺言制度を利用しやすくするための諸改正がなされています。

3.改正の経過
(1)議論の経過

 法制審議会民法(相続法)部会は,法制審議会総会第174回会議において,「高齢化社会の進展や家族の在り方に関する国民意識の変化等の社会情勢に鑑み,配偶者の死亡により残された他方配偶者の生活への配慮等の観点から,相続に関する規律を見直す必要があると思われるので,その要綱を示されたい。」との諮問(諮問第100号)に基づき設置されました。
 平成27年4月21日に第1回会議が開催されました。当初は,以下の点が検討課題とされていました。
 ①配偶者の居住権の保護
 ②配偶者の貢献に応じた遺産分割の実現(配偶者の相続分の引上げ等)
 ③寄与分制度の見直し
 ④遺留分制度の見直し
 ⑤相続人以外の者の貢献の考慮
 ⑥預貯金等の可分債権の取扱い
 ⑦遺言(遺言の方式,遺言能力,遺言事項等)
 その後の議論を経て,平成28年6月21日に中間試案が取りまとめられました。
 パブリックコメントを踏まえた議論の結果,平成29年7月18日に「中間試案後に追加された民法(相続関係)等の改正に関する試案(追加試案)」が取りまとめられました。
 そして,平成30年1月16日の第26回会議において,「民法(相続関係)等の改正に関する要綱案」が取りまとめられました。これに基づき,平成30年3月13日,第196回通常国会において,民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案が衆議院に提出され,現在,審議がされています。
 中間試案まで議論されていた,配偶者の相続分の見直し(一定の場合に配偶者の法定相続割合を引き上げるもの)については,要綱案や法律案で削除されています。また,可分債権について,預貯金等債権以外の可分債権についても遺産分割の対象に含めるか否かも検討されていましたが,結局,預貯金等債権以外の可分債権の取扱いは改正しないこととなりました。

(2)施行日の見込み

 現在審議中の改正相続法について,一部報道では,早ければ平成31年(2019年)中に施行される見込みとされています。
 ところで,改正相続法は,公布日から1年以内に施行されるものとされています(改正附則第1条本文)。
 他方で,改正附則第1条第3号は,改正法第998条(遺贈義務者の引渡し義務)など一部の規程について,改正債権法の施行日(2020年4月1日)としています。
 第968条(自筆証書遺言)については,公布の日から起算して6カ月を経過した日に施行されます(改正附則第1条第2号)。
 遺留分制度や,配偶者居住権,配偶者短期居住権,特別の寄与に関する規定は,公布の日から起算して2年を超えない範囲において政令で定める日に施行されます(改正附則第1条第4号)。
 改正家事事件手続法(預貯金の仮払い,特別寄与料等)は,改正相続法の施行日または改正人事訴訟法の施行日のいずれか遅い日に施行されます(改正附則第1条第5条)。
 施行日を細かく分けると混乱が生じる可能性があることを考えれば,改正相続法の施行日も,改正債権法の施行日(平成32年(2020年)4月1日)に統一される可能性もあるように思われます。今後の国会審議の行方等が注目されます。

4.改正法の概要

今回の相続法改正では,主に,以下の点が改正される見込みです。
(1)配偶者の居住権を保護するための方策
(2)遺産分割に関する見直し
(3)遺言制度に関する見直し
(4)遺留分制度に関する見直し
(5)相続の効力等(権利及び義務の承継等)に関する見直し
(6)相続人以外の者の貢献を考慮するための方策

 各テーマに関する詳細な検討は別稿に委ねますが,本コラムでは,これら制度について概括的に触れます。なお,いずれも,第196回通常国会に提出されている法案を前提にするものであり,今後,成立までに修正の可能性がある点にご留意ください。
 なお,法律案,新旧対象条文等は法務省HPをご参照ください。(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_0021299999.html

5.配偶者の居住権を保護するための方策(配偶者居住権と配偶者短期居住権)

 高齢化社会の進展に伴い,配偶者の居住権を保護する必要性が高まっているとの問題意識から,改正相続法では,相続発生時の配偶者に「配偶者居住権」(改正法第1028条)及び「配偶者短期居住権」(改正法第1037条)を認めることとしました。
 配偶者居住権は,遺産分割又は遺贈により,配偶者が取得することのできる,居住建物を無償で使用収益する権利であり,原則として配偶者が亡くなるまでの間存続します(改正法第1030条)。
 配偶者短期居住権は,配偶者居住権と異なり,相続開始時,無償で居住していた不動産について,遺産分割又は遺贈によることなく,相続開始により当然発生する無償の使用権であり,原則としてその後の遺産分割によりその居住建物を相続する者が確定した日、または相続開始時から6ヵ月が経過する日のいずれか遅い日まで存続するとされています(改正法第1037条第1項第1号)。
 このように,いずれも今回の改正で新しく創設された権利であり,名称も似ていますが,その内容は全く異なるものである点に留意が必要です。

6.遺産分割に関する見直し
(1)持戻し免除の推定

 改正相続法では,婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、居住建物又は敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、持ち戻しの免除をしたものと推定する旨の規定が新たに設けられます(改正法第903条第4項)。
 これによって,遺贈又は贈与が特別受益にあたる場合でも,原則として,遺産分割の計算の対象外とされることになります。
 これは,配偶者の居住権を保護するもので,上記5と同様の考え方に基づくものと考えられます。

(2)預貯金の仮払い制度

 最大決平成28年12月19日が,預貯金等一定の可分債権が遺産分割の対象になると判断したことを踏まえ,遺産分割完了前の仮払い制度が設けられることになりました。これは,遺産分割調停又は審判の係属中に,家庭裁判所に申し立てることにより,相続債務の弁済、相続人の生活費の支弁等の必要がある場合には,預貯金債権の一部を仮に取得することができるとするものです(改正家事審判手続法第200条第3項)。また,預貯金債権のうち法定相続分の3分の1(一定の上限が設けられる予定です。)は,各相続人が単独で権利行使することができることになります(改正法第909条の2)。

(3)遺産の一部分割

 これまで,遺産分割調停・審判では全部分割を求める必要がありましたが,特に,可分債権を遺産分割の対象に含めることとするのであれば,比較的柔軟に一部分割を認めることとする必要があるとの指摘(民法(相続関係)等の改正に関する中間試案の補足説明33頁)があったこと等から,遺産の一部のみの分割を求める調停・審判も申し立てることができるようになります(改正法第907条第1項)。

(4)遺産の分割前に遺産に属する財産を処分した場合の遺産の範囲

 現行法上は,相続開始後に遺産が処分された場合であっても,現存する遺産のみを対象として遺産分割を行うこととされていました。このような場合,共同相続人の一人が遺産分割前に遺産に属する財産を処分した場合に,処分をしなかった場合と比べて取得額が増えるといった不公平が生ずる(この不公平は,別途,不法行為又は不当利得の問題として処理されることになります。)ことから,改正法では,他の相続人の同意により,当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができることになります(改正法第906条の2)。
 これにより,遺産が処分された場合でも,遺産分割の中で,一回的解決を図ることが可能となりますが,実務上は,処分した遺産の評価や,使途を巡り,遺産分割が長期化することも懸念されるところです。

7.遺言制度に関する見直し
(1)自筆証書遺言の方式緩和

 改正相続法では,自筆証書に財産目録を添付する場合には,その目録については,自書することを要しないとされます。ただし,この場合でも,その目録の全ページ(両面の場合は,両面)に署名・押印が必要とされています(改正法第968条の第2項)。

(2)自筆証書遺言に係る遺言書の保管制度の創設

 自筆証書遺言の偽造や紛失などのトラブルを防止するため,遺言書を法務局で保管する制度が新たに設けられています。これは,民法ではなく,「法務局における遺言書の保管等に関する法律」という別の法律により規律されることになります。

(3)遺贈の担保責任

 遺贈が無償行為であることを考慮して,原則として相続開始時の状態で引き渡すこととするとともに,担保責任の規定(現行法第998条)が削除されます。

(4)遺言執行者の権限の明確化等

 遺言執行者の権限が明確化され,また,遺産の類型に応じて有する権限が明記されます(改正法第1014条第2項ないし第4項)。また,現行法の「遺言執行者は,相続人の代理人とみなす」との規定(現行法第1015条)は全面的に改められ,法律効果の観点から,遺言執行者のした行為が相続人に直接に効力を生ずるという形で規定されます(改正法第1015条)。その他,やむを得ない事由の有無にかかわらず復任権を有することが定められます(改正法第1016条)。

8.遺留分制度に関する見直し
(1)法的性質

 遺留分権利者の権利行使によって,遺贈又は贈与の目的物について当然に共有状態(物権的効果)が生ずることとされている現行の規律を改め,改正法では,遺留分権利者の権利行使により,原則として遺留分侵害額相当額の金銭債権が発生することとされています(改正法第1046条第1項)。

(2)算定方法

 遺留分の算定基礎となる生前贈与は,相続人に対する贈与は相続開始前10年間,相続人以外の者に対する贈与は相続開始前1年間のものが対象とされ,廉価処分のような場合も負担付贈与とみなされる余地がある旨改正されます(改正法第1044条,1045条)。
 その他,遺産分割の対象財産がある場合(既に遺産分割が終了している場合も含む。)の,遺留分侵害額の算定方法も明文化されています(改正法第1046条第2項)。

(3)債務の取扱い

 遺留分減殺請求を受けた受遺者又は受贈者は,債務を消滅させた額の限度において,遺留分の負担額が減少することが定められています(改正法第1046条第2項第3号)。

9.相続の効力等(権利及び義務の承継等)に関する見直し
(1)権利の承継

 改正相続法では,相続による権利の承継は,遺産の分割によるものかどうかにかかわらず,法定相続分を超える部分については,登記,登録その他の対抗要件を備えなければ,第三者に対抗することができないとされています。
 債権の場合,民法第467条の特則として,相続人全員ではなく,承継した相続人が,遺言の内容を明らかにして承継の通知をすれば足りることとされています。(改正法第899条の2)

(2)義務の承継

 相続債権者は相続分の指定(902条)がされた場合であっても,原則として,各共同相続人に対し,その法定相続分に応じてその権利を行使することができるものとされています(改正法第902条の2)。

(3)遺言執行者がある場合の相続人の行為の効果等

 遺言執行者がある場合には,遺贈の履行は,遺言執行者のみが行うことができるものとされ,これに反する相続人の行為は無効とされています。ただし,これをもって善意の第三者に対抗することができません(改正法第1013条第2項)。

10.相続人以外の者の貢献を考慮するための方策(特別寄与料)

 相続人以外の親族が,被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした場合,相続人に対し,特別寄与料の支払いを請求することができることになります(改正法第1050条)。
 そして,当事者間に協議が整わない場合,家庭裁判所に対して特別寄与料の額の審判を求めることができることになります。

11.まとめ

 以上のとおり,今般の相続法改正は非常に多岐にわたり,新しい制度や考え方も随所に取り入れられています。
 改正法が成立・施行された場合,実務的影響は非常に大きいと思われるため,引き続き,最新の議論を注視する必要があるでしょう。
 今後,当事務所所属の弁護士が,改正相続法の個別の改正点を解説するコラムを掲載する予定です。そちらもぜひご覧いただければ幸いです。

以上