コラム
2017年10月31日
改正債権法と輸入業者等が海外との物品取引にあたって留意すべきポイント
~改正債権法とCISG(国際物品売買契約条約)の違い~
【執筆者】増山 健
1 本コラムの趣旨~改正債権法と海外との物品取引にあたって留意すべきポイント~
平成29年6月2日に債権法(民法)の改正案が公布され,平成32年6月2日までに施行されることになりました。具体的には,平成32年1月1日か,同年4月1日が施行日となることが有力視されています。この改正債権法は,ここ数年で相当な議論がされており,企業の法務担当者等の中でも実務への影響を検討している方が多くいらっしゃいます。
今回は,この改正債権法と国際物品売買条約(いわゆるCISG)とを簡単に比較検討し,日本の輸入業者等が海外との動産取引にあたって留意すべきポイントを考えてみたいと思います。
2 そもそも海外との動産(物品)取引に対して適用される法律とは
(1)準拠法の重要性
海外企業との間で,動産(物品)の取引を行うにあたっては,「この取引にはどこの国のどのような法律が適用されるのか」を検討することが重要です。
日本企業同士が日本国内で物品の取引を完結させるような場合には,ほとんどは日本の民法が適用されるため,特段トラブルや問題が発生していなければ,日常的な取引の慣行にしたがって注文書や取引基本契約書を作成すれば十分と考えて処理されているでしょうし,あるいは何ら書面を取り交わさない企業も多く存在します。しかし,海外から物品を輸入する場合や,逆に海外へ物品を輸出する場合には,必ずしも日本の民法が適用されるわけではありません。そうすると,きちんと事前対策をしておかなければ,後になって国内における取引慣行と異なるような法律が適用されて,不測の不利益を被るという事態が有り得ることになります。ある国際的な取引に対して適用される法律のことを「準拠法」といいますが,海外との物品取引がある日本企業にとっては,この準拠法を気にかけておくことが大事なのです。
(2)準拠法の決まり方と注意すべき場合
では,準拠法はどのようにして決まるのでしょうか。
日本国内においては,準拠法は「法の適用に関する通則法」によって決定されることになります。同法には,様々なルールが定められていますが,まず押さえておくべきは,同法7条が「法律行為の成立及び効力は,当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。」としていることです。すなわち,契約の当事者が「本契約には,日本法が適用される。」と合意しておけば,基本的にその契約には日本民法が適用されることになるのです。そのため,物品売買契約書には,準拠法を明記した条項を設けておくのが通常です。
しかし,そもそも契約締結に至らず,交渉中にトラブルになってしまった場合などは,準拠法の合意がされていないことがほとんどです。そのような場合には,どのような法律が適用されるのか,やはり問題となります。
また,物品の売買契約書などで,準拠法を日本法と明記しておけばそれだけで十分,というわけではありません。実は,これから述べるように,準拠法を日本法と指定したとしても,日本民法に優先して適用され得る「国際物品売買条約」というものがあるからです。
3 国際物品売買条約(CISG)とは
(1)概要
国際物品売買契約とは,「国際物品売買契約に関する国際連合条約」(ウィーン統一売買法条約,ウィーン売買条約等とも言われます)のことをいいます(この条約は,しばしばその英名である”United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods”の略称“CISG”で呼称されることが多いので,以下では,“CISG”と表記します。)
CISGは,その名のとおり,国際的な物品の売買契約について規律する条約であり,売買契約の成立並びに売買契約から生ずる売主及び買主の権利及び義務について,101条にわたる定めを置いています。我が国においては,2009年8月1日に発効しています。
国際取引実務の面ではもちろんですが,我が国の民法の基礎理論を考える上でも参考になると言われており,今般の我が国における債権法改正の議論の際にも比較・引用がされるなど,学問的な面でも非常に重要な意味を持つ条約です。
(2)CISGが問題となる場面
CISGは,異なる国に営業所を有する当事者間の動産の売買契約であって,当事者の営業所所在地が(ア)異なる締約国にある場合,または,(イ)国際私法(日本でいうところの,上で述べた「法の適用に関する通則法」です)の規則により締約国の法律を適用すべき場合に適用されます(CISG1条(1))。
我が国はCISGの締約国ですから,物品取引の相手方の営業所が締約国に所在する場合(例えば,日本国内企業とアメリカ国内企業の契約など)には,CISGが適用されることになりますし(ア),相手方が締約国でなくとも,日本法を準拠法として合意していれば日本の民法に優先してCISGが適用されることになります(イ)。少なくとも,取引の相手方が締約国である場合には,ほぼ間違いなく適用されると考えた方が良いでしょう。
なお,締約国か否かは,以下のウェブサイト(英語)で確認することができ,2017年10月22日現在で87もの国が締約国になっています。
http://www.uncitral.org/uncitral/en/uncitral_texts/sale_goods/1980CISG_status.html
主な締約国としては,中国,韓国,アメリカ,カナダ,オーストラリア,フランス,ドイツ,イタリア,スペイン,ロシア等があります。他方で,日本と取引関係が多い国の中では,イギリスが締約国になっていません。しかし,イギリスに営業所がある企業との取引であっても,CISGが適用される可能性があること(上記(イ)参照)には,注意が必要です。
このように,国際的な物品の売買を行うときは,CISGが適用される場面が多くありますから,CISGの定めを意識して取引を行う必要があります。普段から国内における物品の売買契約を行っている企業であればあるほど,国内法との違いを考えて契約書や注文書の作成に取り組まなければならないこととなります。
(3)CISGの適用排除?
なお,CISG6条は,「当事者は,この条約の適用を排除することができる」と定めていますので,契約書上でその旨明記しておけば,CISGが適用されないこととすることができ,例えば日本法が適用されるようにしておくことも可能です。実際に,このような条項を入れている契約書も多く見受けられるところです。
しかし,そもそも契約書がきちんと作成されていない場合や,契約締結に至らず交渉中でトラブルになった場合などでは,依然としてCISGが適用されることになりますから,CISGの規定内容を理解しておくことが重要であることは変わりありません。
以下では,CISGの規定の中でも,改正債権法との比較検討を行うことで,留意すべきポイントを簡単にご説明したいと思います。
4 改正債権法とCISGの異同
(1)今般の改正により解消された主な相違点
従来,我が国における民法の規律は,CISGの定めとは異なる部分が多くあると指摘されてきましたが,今般の大改正により,我が国の民法とCISGの間の相違点は相当減少したと言われています。
旧法のもとでは,主として,以下のような相違点がありましたが,その多くが今般の改正により解消されることとなりました。
ア | 隔地者間の契約成立時期 |
隔地者間の契約成立時期について,CISG18条2項は,「申込みに対する承諾は,同意の表示が申込者に到達した時にその効力を生ずる。」とし,いわゆる到達主義を採用していました。 これに対し,日本の旧民法526条1項は,「隔地者間の契約は,承諾の通知を発した時に成立する。」として,発進主義を採用していました。しかし,改正法のもとでは,この条文は削除されて,意思表示の一般原則である到達主義(改正法97条「意思表示は,その通知が相手方に到達したときからその効力を生ずる。」に統一されることとなりました。 |
|
イ | 債務不履行責任と区別された売買目的物の「瑕疵担保責任」の有無 |
日本の旧民法は,債務不履行責任と売買目的物の「瑕疵担保責任」とを区別し,別個の規律を設けていました(旧民法570条等)が,改正法のもとでは,CISGが契約違反に基づく責任のみを規定しているのと同様,債務不履行責任に一元化し,「契約上の義務に違反したか否か」のみを問題とすればよいこととなりました。 | |
ウ | 損害賠償請求及び契約解除における過失の要否 |
日本の旧民法は,債務不履行の相手方に対する損害賠償請求及び契約の解除において,相手方の過失を要求していましたが,改正法のもとでは,CISGが過失を不要としているのと同様に,過失なくしてこれらの請求ができることとされました。 |
(2)改正法下での主な相違点
その一方で,主として以下のような相違点が残っており,注意が必要です。以下ではまず規定の違いを指摘しておき,5で詳細に説明をすることとします。
ア | 契約申込みの撤回の可否 | ||||
|
|||||
イ | 申込みに変更を加えた承諾がされた場合の契約の成否 | ||||
|
|||||
ウ | 買主が物品を検査・通知する期間(商人間売買の場合) | ||||
|
|||||
エ | 買主の物品受領義務・不安の抗弁権 | ||||
|
5 留意すべき点
(1)契約申し込みの撤回の可否
ア | 事例 | ||||
日本のある製品を販売するメーカーAが,ある海外企業Bから,「貴社の製品を1万個,急ぎで購入したい。条件は別紙に記載しているとおりだ。書面で可否を回答してほしい。」との契約申込みを受けたので,急いで原材料の手配をするなどしていたところ,2日後になって,「やはり別の会社に頼むこととなったから,購入をキャンセルする。」との連絡が来た。 | |||||
イ | 検討 | ||||
契約の申し込みをした場合に,これを撤回できるかどうかについて,改正民法とCISGには,以下のような定めがあります。
CISGにおいては,申込みの撤回は原則として可能とされている一方,日本民法の下では申込みの撤回は原則として不可とされており,原則と例外が逆転している関係にあることになります。日本民法が適用される場合には,基本的に(撤回する可能性がある等と明示されていない限り)撤回がないものと信頼して行動できることとなりますが,CISGが適用される場合には,申込みの撤回をされることがあるので,被申込者の立場からは注意が必要です。 |
(2)申込みに変更を加えた承諾がされた場合の契約の成否
ア | 事例 | |
日本のある商品を販売するメーカーAに対し,ある海外企業Bから,商品購入希望との連絡があった。そこで,AとBは,条件交渉を行ったところ,まず初回に購入する商品の数量,代金,引渡時期については難なく決まったが,細かい契約条件がなかなか合意できなかった。そうこうしているうちに初回の引渡時期が近づいてきたため,Aは,やむなくBに対し,簡単な契約書を同封して,初回の商品の発送を行った。ほどなくして,Bからは,Aが送った契約書にサインがされて返送されてきたが,よくみると,「AとBが本契約を締結していることを,Aは,Bの事前の許可なくして第三者へ口外してはならない。」という条項だけがこっそりと追加されていた。 | ||
イ | 検討 | |
申込みに変更を加えた承諾がされた場合に,契約が成立するのか,また成立するにしてもどのような内容で契約が成立するのかという問題につき,規定上は日本民法とCISGの間に相違があります。 | ||
・改正民法 | 「承諾者が,申込みに条件を付し,その他変更を加えてこれを承諾したときは,その申込みの拒絶と共に新たな申込みをしたものとみなす。」(528条) | |
・CISG | 「申込みに対する承諾としてされた応答は,追加的な又は異なった条項を含む場合であっても,それが申込みの内容を実質的に変更するものでないときには,申込者が不当に遅滞することなくその相違に口頭で異議を述べ又はその旨の通知を発した場合を除くほか,承諾となる。申込者が異議を述べない場合には,契約の内容は,申込みの内容に承諾に含まれた変更を加えたものとする。」(19条(2)) 「追加的な又は異なった条項であって,特に代金,支払,物品の品質若しくは数量,引渡しの場所若しくは時期,一方の当事者の相手方に対する責任の限度又は紛争解決に関するものは,申込みの内容を実質的に変更するものとする(※)。」(19条(3)) ※ 19条(3)で列挙されているのはあくまで例示であって,「実質的な変更」に該当するかいなかはケースバイケースの検討が必要であると解釈されている。 |
|
日本民法には,CISG19条(2)と異なり,「実質的変更がなければ契約は成立する」というような規定は置かれていません。しかし双方が異なる約款を送付しあい,その違いが解消されないまま,営業部門としては契約が成立したものとして物品の引渡しや代金決済が進められてしまったような場合(いわゆる「書面の戦い(Battle of Forms)」)が,特に米国企業との間の取引において散見されます。このような場合に適用される定めを明確化しておくべきとの観点から,法制審議会においては,実質的変更の有無をメルクマールとした詳細な定めを設けることが検討されたものの,実質的変更概念の不明確性等に対する懸念があるとの意見が強く,導入は見送られました。 CISGによれば,例えば,外国企業に対し,具体的な条件を示して契約締結申し込みをした場合に,「実質的変更」にならないような些細な部分のみが変更された条件で応答があったときには,その部分が変更された内容で契約が成立しているものとみなされ,契約の拘束力が生じます。いわば,最後に提示された条件が優先し,契約が成立することとなるのです(ラスト・ショットルールと言われます。ただし,「実質的変更」に当たらないような変更は少ないと考えられていますので,このラスト・ショットルールが適用されるような場合は多くないと思われます。)。 上に挙げた事例では,「契約締結の事実を第三者に口外してはならない」が「実質的変更」に当たるのかが問題となりますが,過去に,このような事項は実質的変更ではないと判断されたことがあります。そうすると,Aとしては,Bに対してすぐに異議を述べておかなければ,第三者への口外禁止が契約内容となってしまうおそれがあることとなります。当該条項の部分を二重線で削除して返送したり,メールや文書で抗議する等して,速やかに異議を述べ,かつその証拠を残しておくことが必要です。 当然のことではありますが,契約条件を提示された側としては,必ず些細な点についてまで確認を行い,躊躇せず異議を述べる等しておくべきでしょう。 |
(3)買主が物品を検査・通知する期間(商人間売買の場合)
ア | 事例 | ||||
日本企業Aが,海外企業Bに対して精密機器を販売し,納入した。すると,納入から1年程経って,BからAに対し,精密機器に重大な欠陥があるとの突然の通知文書が届いた。 | |||||
イ | 検討 | ||||
売主が納入した物品を,買主がいつまでに検査を行うべきか,また,万が一欠陥があった時にそれに基づく損害賠償請求や契約解除をいつまで行うことができるのかについても,日本法とCISGでは規定が異なります。この点は,債権法改正の影響を受けた商法の規定に関連するものです(「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」が平成29年6月2日に公布され,改正民法と同時に施行されることとなったことにより,商法の規定も若干改正されます。)が,実務上は大変重要な点ですので,こちらで簡単にご説明させていただきます。
いずれにおいても,物品の受領の後に早期に検査をして通知をしなければならないという点についてはほぼ変わりがありませんが,大きな違いとなるのは,売買の目的物に直ちに発見することができない契約不適合がある場合です。この場合,日本法のもとでは,いわば請求を行うための通知期間が6ヶ月以内に制限されています。しかし,CISGでは,その期間が2年と相当長期にされているのです。 |
(4)受領義務・不安の抗弁権
ア | 事例 | ||||
|
|||||
イ | 検討 | ||||
物品の買主に目的物を受領する「義務」があるか否か,買主に信用不安等がある場合に売主は何らかの権利行使をすることができるのか否か(不安の抗弁権の有無)についても,以下のように定めが異なります。
日本民法のもとでは,旧法時代から,買主の物品受領義務や不安の抗弁権が解釈上認められてきました。しかし,これはあくまで明文の規定によるものではなかったため,要件や効果が必ずしも明瞭なものではありませんでした。そのため,今般の改正においても明文化が議論されましたが,不安の抗弁権については,具体的な要件で規定することは勿論,抽象的な要件で規定を設けることについても運用の予測がしづらいことへの懸念が大きく(法制審議会部会資料77B,第87回部会議事録参照),明文化は結局見送られることとなりました。また,受領義務についても,売買契約一般の場合に一定の要件のもとで買主に強制可能な受領義務を課すことも提案されたものの,学説の議論が熟していないとして引き続き解釈に委ねられることとされ(法制審議会部会資料34参照),明文化は見送られました。 |
以上