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民法(債権法)改正のうち意思表示に関する規定の改正による実務的影響

【執筆者】阪口 彰洋

1 今回の民法改正は,主として民法の「第三編 債権」を改正するものですが,「第一編 総則」も一部改正されています。そこで,「第一編」のうち「第五章 法律行為」の「第二節 意思表示」(民法93条~98条の2)の改正による影響について解説したいと思います。

2 民法93条(心裡留保)

(1)心裡留保の改正点は,次の2点です。

ア 心裡留保の要件としての意思表示の相手方の認識の対象が「真意」から「真意ではないこと」に変わりました(新法93条1項ただし書)。
イ 第三者の保護要件は,「善意」で足り,無過失を要求しないことを明記しました(新法93条2項)。

(2)もっとも,現在の実務上,心裡留保が認められることは,代理権濫用の局面における類推適用を除いて殆どありませんが,この局面については107条が新設されます。
 また,上記(1)アは現行法の解釈でも導き出せる内容であり,上記(1)イについても,第三者との関係では民法94条2項を類推するというのが判例ですので(最高裁昭和42年(オ)第694号同44年11月14日第二小法廷判決・民集23巻11号2023頁),改正の影響はほとんどないと思われます。

3 民法95条(錯誤)

(1)錯誤の規定は,文言上,大幅に改正されましたが,大きく分けると次の3点です。

ア まず,錯誤の要件を以下のとおり整理しました(新法95条1項,2項)

a 錯誤には,「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」(表示の錯誤)と「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」(動機の錯誤)という2種類があることを明示しました。
b いずれの種類の錯誤についても,錯誤と意思表示との主観的因果性(錯誤がなければ表意者が当該意思表示をしなかったこと)と錯誤の客観的重要性(一般人を基準としてもそのような意思表示をしなかったこと)が必要です。
c 「動機の錯誤」については,表意者が法律行為の基礎とした事情が,法律行為の基礎とされていることが表示されていたことも要件とされています。
イ 錯誤の効果は,現行法では無効(ただし,相手方からの主張は不可という相対的無効)とされていますが,新法では取消しとなり(新法95条1項),かつ,その取消は善意無過失の第三者に対抗できないとされました(新法95条3項)。
ウ 錯誤につき重過失がある場合の規律を整理しました(新法95条3項)。

(2)新法は,上記(1)アのとおり要件を整備しましたが,これは判例を整理したものと理解されています(もっとも判例の理解自体争いがあり,今後も,新法95条2項の「表示」の解釈,あてはめを巡っては議論が続くものと思われます。第76回会議議事録3~14頁参照)。また,実務上,動機の錯誤が主張されることがしばしばありますが,判決で認められるのはごくわずかです。その点では,成立要件や重過失がある場合の規律に関する改正の影響は大きくないものと思われます。
 法律効果を無効から取消しに改正した点は,これによって法定追認の適用を受け,また,期間制限を受けるため,一定の影響があると思われます(新法125条,126条参照)。

(3)なお,「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」(平成25年2月26日決定)」の「第3.2(2)イ 表意者の錯誤が,相手方が事実と異なることを表示したために生じたものであるとき」(いわゆる不実表示)は規定化が見送られましたが,動機の錯誤の一類型として錯誤取消しの対象となる可能性があることについては留意すべきです(部会資料83-2・3頁)。

4 民法96条(詐欺)

(1)詐欺に関する改正点は,次の2点です。

ア 表意者(A)の相手方(B)に対する意思表示について第三者(C)が詐欺を行った場合においては,現行法では,Aは,Bがその事実を知っていたときに限って意思表示を取り消すことができますが,新法では,Bが知ることができたときにも取り消すことができるようになります(新法96条2項)。
イ 詐欺取消しの効果を受ける第三者(D)の保護要件は,「善意」だけでは足らず,無過失も要求することにしました(新法96条3項)。

(2)上記(1)イの改正に伴い,消費者契約法4条5項(平成28年6月3日法律第61号による改正後は同条6項),特定商取引に関する法律9条の3第2項,割賦販売法35条の3の13第5項の「善意の第三者」も「善意でかつ過失がない第三者」に改められます。

(3)まず,上記(1)アの改正は,実務上,重要な意味を持つと思われます。例えば,リース契約において,販売店(C)がユーザー(A)を欺罔していたとしても,リース会社(B)が善意無重過失である限りは,ユーザー(A)はリース契約を取り消すことができないというのが伝統的理解です。しかし,新法が適用されれば,リース会社(B)に過失があればユーザー(A)はリース契約を取り消すことができますので,取り消すことができる範囲が拡大することは間違いありません。また,不動産購入代金を借りた借主(A)とこれを融資した金融機関(B)との紛争というのも少なくありませんが,借主(A)は,不動産業者の詐欺(C)と金融機関(B)の過失を主張することによって,借入債務の返済を拒むということが考えられます。

(4)上記(1)イの改正も,BがAを欺罔してA所有の不動産を非常に安く購入し,直ちにCに転売したという局面など,転得者との間で詐欺取消しが争われる局面では影響が大きいと思われます。

(5)なお,明文で改正された上記(1)ア,イとは別に,「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」(平成25年2月26日決定)」のうち改正が見送られた「第3.3(2)」及び「第3.3(注)」の影響も注意が必要です。
 中間試案第3.3(2)は「相手方のある意思表示において,相手方から契約の締結について媒介をすることの委託を受けた者又は相手方の代理人が詐欺を行ったときも,上記(1)と同様とする(その意思表示を取り消すことができる)ものとする。」とする規律を提案し,中間試案第3.3(注)は「上記(2)については,媒介受託者及び代理人のほか,その行為について相手方が責任を負うべき者が詐欺を行ったときも上記(1)と同様とする旨の規定を設けるという考え方がある。」としていました。
 その後,上記中間試案については色々な意見が寄せられる中で,「媒介受託者又は代理人のみを掲げることは,かえって相手方の主観的事情にかかわらず取消しを認めるべき場合を限定することとなり,表意者の救済を狭めるおそれがあり,むしろ,民法第96条第1項及び第2項の解釈適用に委ねたほうが妥当な解決を導く余地を残すことになる」との理由で,上記中間試案の規定化は見送られました(部会資料66A4頁,第76回会議議事録20~28頁参照)。
 現行法上,代理人による詐欺は101条1項を根拠に本人の詐欺と同視されていますが,媒介受託者の詐欺についてどのように取り扱うか明らかではありません(なお,消費者契約法5条には,媒介受託者及び代理人に関する規定があります。)。しかし,上記規定化見送りの経過からすれば,媒介受託者(C)による詐欺は,原則として,本人(B)の詐欺と同視する(すなわち,表意者Aは,Bの悪意・有過失を問わず,詐欺取消しが可能となる。)という価値判断を前提に,上記規定化を見送ったと評価される余地があります。
 また,代理人,媒介受託者以外にも本人と同視すべきものがあるという中間試案第3.3(注)の考え方も否定されていませんので,今後,その旨の主張が増加し,認められる可能性も否定できません。

5 民法97条(意思表示の効力発生時期等)

(1)意思表示の効力発生時期等に関する改正点は,次の2点です。

ア 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは,その通知は,通常到達すべきであった時に到達したものとみなす規定を新設しました(新法97条2項)。
イ 意思表示は,表意者が通知を発した後に死亡し,又は行為能力を喪失したときであっても,そのためにその効力を妨げられないという現行法に,表意者の意思能力の喪失を付加し,行為能力の喪失を行為能力の制限と改めました(新法97条3項)。

(2)上記(1)イの改正はほとんど影響がないと思われますが,上記(1)アの規定の新設は実務上重要です。
 もっとも,「正当な理由なく」,「到達することを妨げた」とはどのような場合かが争われることが予想されます。この点に関し,法制審で提案された表現は,以下のとおり微妙に変化したという経過は解釈に影響すると思われます。

ア 部会資料12-1,12-2
意思表示が相手方に通常到達すべき方法でされた場合において,相手方が正当な理由なく到達のために必要な行為をせず,そのためにその意思表示が到達しなかった場合
イ 中間論点整理
意思表示が相手方に通常到達すべき方法でされたが,相手方が正当な理由なく到達のために必要な行為をしなかったなどの一定の場合(表意者側の行為態様と受領者側の対応の双方を考慮)
ウ 部会資料29
相手方のある意思表示が相手方に通常到達すべき方法でされた場合において,相手方が正当な理由なしにその到達に必要な行為をしなかったために,その意思表示が相手方に到達しなかったとき
エ 中間試案
相手方のある意思表示が通常到達すべき方法でされた場合において,相手方等が正当な理由がないのに到達に必要な行為をしなかったためにその意思表示が相手方に到達しなかったとき
オ 部会資料66A
相手方が,正当な理由がないのに故意に意思表示の到達を妨げたとき
カ 部会資料79-1
相手方が正当な理由なく意思表示の通知を受けることを拒んだとき
キ 部会資料83-2
相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたとき

(3)また,上記(1)アの規定の新設によって,銀行取引約定書に規定されているような,当事者間の合意による「みなし到達規定」への影響も問題となります。
 この点については,実務に影響はない旨の関係官の説明がありますが(第76回会議議事録25頁),そもそも,現行法下で,当事者間の合意による「みなし到達規定」は全面的に有効と解釈されている訳ではありません。
 まず,東京高裁昭和58年1月25日(判例時報1069号75頁)は,相殺の意思表示の到達につき,みなし到達規定は,少なくとも第三者には対抗しえないとしました。
 また,東京地裁平成26年8月12日判決とその控訴審である東京高裁平成27年3月24日判決(判例時報2298号47頁,53頁)は,債権譲渡通知に関する民法467条は強行法規であるとして,みなし到達規定の効力を否定しました。
 ただ,「みなし到達規定」の前提として,契約書の中で,意思表示の受領場所を定め,かつ,転居等をした場合には住所を届け出る義務を規定することで,「正当な理由なく」,「到達することを妨げた」と評価しやすくことができるのではないかと思われます。したがって,今後は,単に,みなし到達規定を定めるだけでなく,「正当な理由なく」,「到達することを妨げた」と評価しやすくする工夫が重要です。

(4)意思表示の到達に関しては,現行法526条が,隔地者間の契約における承諾の意思表示について例外的に発信主義を定めています。しかし,改正によってこの規定が削除され,隔地者間の契約成立も原則どおり到達主義となります。他方,商法509条は存続しますので,商人の諾否通知義務は残ることに注意が必要です。

6 民法98条の2(意思表示の受領能力)

 意思表示の受領能力に関して,相手方が意思表示の受領時に意思能力を有していなかった場合の規律が付加されました。もっとも,この改正による実務的影響はほとんどないと思われます。

以上