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民法(債権法)改正~施行時期と経過規定

【執筆者】阪口 彰洋

1 はじめに

 民法改正法案は,平成29年4月14日に衆議院本会議を通過し,5月26日に参議院本会議でも可決され,6月2日に公布されました(平成29年法律第44号,以下「新法」といいます。)。また,民法を改正することに伴って必要となる諸法令の改正についてまとめた,「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号,以下「整備法」といいます)も同日公布されています。これにより,民法の債権法部分が大きく改正されることになります。
 一般に新たな法律が施行されるときには,従来の法律と新法の適用関係を定める附則が定められますが,今回の民法改正法案においても,法案と同時に,施行期日や経過措置等について定めた附則(以下「制定附則」といいます。)が定められています。本コラムでは,制定附則の内容について解説します。

2 施行時期
(1)原則

 民法は,私法の根幹にある法律ですので,その改正の影響は広範囲に及びます。それは,整備法で一部改正や経過措置を定める法律が300本以上になることからも窺えます。そこで,通常の法律よりも長い周知期間が取られる必要があることから,新法の施行は,公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日(以下「施行日」といいます。)とされています(制定附則1条本文)。
 公布日は,上記のとおり,平成29年6月2日ですので(官報号外第116号),新法は,平成32年6月2日までに施行されることになりますが,平成29年12月20日,「民法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」(政令第309号)が公布され,施行日は平成32年4月1日と決まりました(官報第7168号)。

(2)例外

 新法の施行時期については,2つの例外があります。
 1つは,定型約款に関する例外です(施行附則1条2号)。
 新法の定型約款の規定(548条の2~4)は,施行日後は,施行日前に締結された定型取引についても適用されます(後記3(2)シ)。この適用を避けたい当事者は,現に解除権を行使することができる場合を除き,反対の意思表示をすることができますが,その意思表示は,施行日前になさなければなりません。施行附則33条3項は,この「反対の意思表示は施行日前にしなければならない」ということを定めていますので,この条文自体は,当然ながら,施行日前に施行されている必要があります。そこで,施行附則33条3項の規定は「公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」に施行されるとされ,具体的には,平成30年4月1日から施行されます。
 もう1つの例外は,保証に関する規定です。
 新法465条の6は,事業のための貸金等債務を主債務とする保証に際して,保証意思宣明公正証書の作成を求めています。そして,同条1項によれば,それは保証契約締結前1か月以内に作成する必要があります。そうすると,施行日に保証契約を締結できるように,施行日の前から,保証意思宣明公正証書を作成できることが望ましく,その旨を規定する施行附則21条2項,3項は,「公布の日から起算して2年9月を超えない範囲内において政令で定める日」から,保証意思宣明公正証書を作成できるようにする旨を定めており,具体的には,平成32年3月1日から施行されます。

3 経過規定
(1)原則

 施行日,すなわち平成32年4月1日前後の行為につき,新法と現行法のいずれが適用されるのかが不明確では,法律関係が不安定になります。そこで,施行附則2条~36条は,新法と現行法のいずれが適用されるのかを決める基準が何か,具体的に列挙していますが,原則として,予測可能性という点から,法律が適用される対象行為(意思表示,法律行為,契約等)が法の適用を定める基準とされています(部会資料85)。

(2)例外

 例外といえるかどうかは別にして,何を基準とするのか,紛らわしい法律関係がありますので,順次紹介します。

ア 代理
 代理に関する規定(新法101条以下)については,本人が代理人に代理権を授与する行為を基準とするのか,それとも代理人の代理行為を基準とするのか,が問題となりますが,前者とされています(施行附則7条1項)。したがって,施行日前に代理権授与をした場合,現行法が適用されることになります。
 ただ,無権代理人の責任に関する新法117条の適用については,本人の代理権授与行為がありませんし,無権代理行為を行う無権代理人の予測可能性を考慮して,無権代理行為が基準とされています(施行附則7条2項)。
イ 無効・取消し
 無効行為に基づく給付の原状回復義務の範囲(新法121条の2)については,無効な行為ではなく,給付が基準です(施行附則8条1項)。例えば,平成32年4月1日より前に100万円を贈与する契約を締結し,平成32年4月1日以降に100万円を交付したが,当該契約は錯誤により無効であったという場合,受贈者の原状回復義務の範囲については,現実の給付が施行日後ですから,新法121条の2第2項が適用されます。
 取消可能行為の追認の適用については,追認ではなく,取消可能行為が基準です(施行附則8条2項)。
ウ 時効
 時効の経過規定は,細かく分かれています。
 まず,援用や時効期間については,原則として,債権発生と債権発生原因である法律行為(契約)のいずれか早いものが基準となります(施行附則10条1項,4項)。例えば,平成32年4月1日より前に締結した賃貸借契約の平成32年4月1日以降の賃料は,いつ発生したといえるのか議論があり得ますが,その賃料の時効期間については,現行法が適用されることになります(したがって,借地契約のように,期間が長い賃貸借契約の賃料は,かなり先まで,現行法が適用されることになります。)。
 現行法の時効の中断・停止(新法では,時効の更新,時効の完成猶予)の適用については,現行法上の中断・停止事由発生が基準です(施行附則10条2項)。
 新法で新しく導入された,「権利についての協議を行う旨の書面合意」による完成猶予(新法151条)の適用についてはいつ書面合意をしたかが基準となります。したがって,現行法に基づいて発生した債権債務についても,施行日後は,この制度を利用することができます。
 注意が必要なのは,不法行為に基づく債権債務です。
 まず,現行法724条後段については,判例上,消滅時効ではなく除斥期間を定めたものと理解されていましたが,新法においては消滅時効と位置づけられることとなりました(新法724条2号)。したがって,適用が新法か現行法かは大きな差異があることになりますが,その区切りは,現行法724条後段の期間が施行日までに満了しているか否で決まるとされています(施行附則35条1項)。
 また,生命身体侵害の損害賠償請求権の短期消滅時効の期間は,新法では3年から5年に延びましたが(新法724条の2),その適用は,現行法724条前段の時効が施行日までに完成していたか否かが基準となります(施行附則35条2項)。この点は,生命身体侵害の損害賠償請求権以外の消滅時効の期間が,債権発生と債権発生原因である法律行為(契約)のいずれか早いものが基準とされていることと比較して,被害者に有利に働きます。その結果,例えば,平成29年10月に発生した交通事故につき,損害及び加害者が最初から判明しているとすれば,物損は平成32年10月に消滅時効にかかりますが,人損は平成34年10月にならないと時効期間が完成しないことになります。
エ 法定利率・中間利息控除
 法定利率(新法404条)の適用に関する基準は,その債権に関する最初の利息発生とされています(制定附則15条1項)。一般に,金銭消費貸借契約は,貸した日から利息が発生するとされていますから,貸付日が基準となります。遅延損害金の法定利率の適用については,遅滞責任の負担が基準です(制定附則17条3項)。
 中間利息の控除(新法417条の2)の適用は,損害賠償請求権の発生が基準とされていますが(制定附則17条2項),後遺障害が生じた場合の中間利息控除の計算に関連し,その解釈について議論があり得ます。

a   まず,現行法において,不法行為によって身体に後遺障害が生じた場合の中間利息控除については,最高裁の判例はありませんが,事故時ではなく症状固定時を基準時とするのが最近の実務の大勢です。
b   次に,新法417条の2第1項は,中間利息の控除につき「その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率」により行うと定めています。この「請求権が生じた時点」の意味につき,法制審においては,事故時を指すというのが当局案で(部会資料81B・7頁),会議においても,症状固定時という解釈もあり得るとの意見もありましたが,事故時とするのが大勢でした(93回会議1~3頁)。
 ところが,小川民事局長は,この新法417条の2第1項に関して,平成29年4月12日の衆議院法務委員会において,上記aの実務を変更するものではないかとの質問に対し,中間利息控除の算定の始期を含めた現在の実務の解釈に影響しない旨答弁しました。これが,中間利息控除の計算を行う時点は症状固定時としつつ,その計算に用いる利率は事故時のものを用いるという考え方に基づくのかは不明で,今後,新法417条の2第1項の「請求権が生じた時点」の解釈が争われることが予測されます。
c   そして,以上からすると,中間利息の控除について,新法と旧法のいずれが適用されるかの基準となる「損害賠償請求権の発生」についても事故時説と症状固定時説の両方があることになります。
 施行日前の事故における症状固定が施行日後となる事案は,極めて多数生じるところ,中間利息の控除に,現在の5%が用いられるか,新法開始時の3%が用いられるかによって,損害賠償額に大きな差が生じますので(中間利息が控除される期間を20年とすると,新法の3%が適用された場合には2割近く高額になります。),この点は,今後,激しく争われると予測されます。
オ 債権者代位・詐害行為取消し
 債権者代位については,代位される債権の発生が基準ですが,他方,詐害行為取消しについては詐害行為が基準です(制定附則18条,19条)。
 この点,新法では,債権者が債権者代位権を行使しても,債務者が管理処分権を失わないとされているところ(民法423条の5),現行法では,管理処分権が失われることを前提に,債権者が債務者の法定訴訟担当として第三債務者に対して金銭支払請求をし,その判決効が,債務者にも及ぶとされていました。一方,新法では債権者代位権に基づく訴訟を提起した場合,債務者に対して訴訟告知をしなければならないとされています(民法423条の6)。しかも,新法では,債務者が管理処分権を失わないため,債権者代位訴訟が係属している最中であっても,債務者が第三債務者に対して代位される債権の履行を求め,受領することが可能です。これを防ぐためには,債権者は,仮差押え等の別途の手続を取る必要があります。したがって,代位される債権の発生時期によって,訴訟追行の方法や仮差押え等の要否が変わることになり,注意が必要です。
カ 多数当事者関係
 不可分債権,不可分債務,連帯債権,連帯債務の発生と債権債務発生原因である法律行為(契約)のいずれか早い方が基準です(制定附則20条)。
 したがって,例えば,将来,仔牛が生まれたら1頭引き渡すという契約を平成32年4月1日より前に締結した売主が亡くなって相続人が複数おり,平成32年4月1日以降に仔牛が生まれたという場合,不可分債務である引渡債務は施行日後に発生していますが,契約が施行日前に締結されているので現行民法が適用されます。
キ 保証債務
 保証契約が基準となります。したがって,包括根保証契約を施行日前に締結している場合には,施行日後に主債務が新規発生しても保証人の責任については現行民法が適用されます。
 公正証書作成の嘱託・作成が施行日の1か月前である平成32年3月1日から可能になることは,上記2(2)のとおりです。
ク 債権譲渡
 債権譲渡に関しては,債権の譲渡の原因である法律行為(債権譲渡契約)が基準となります(制定附則22条)。譲渡される対象の債権の発生時が基準となるのではありません。
 法制審では,当初,債権譲渡制限の意思表示に関する規定(新法466条2項ほか)の適用については譲渡制限の意思表示を基準とすることが想定されていましたが(部会資料85・3頁),債権譲渡による資金調達の支障を除去するという改正目的を早期に達成するため,上記のように変更されたという経過があります(部会資料87)。
 例えば,AのBに対する債権について債権譲渡禁止特約が付されているとして,平成32年4月1日より前に,Bから当該債権を譲り受け,債権譲渡登記を得たCと,平成32年4月1日以降に譲り受け,債権譲渡登記を得たDがいるという場合,CとDの優劣は,Cが債権譲渡禁止特約の存在に善意・無重過失の場合はCに帰属し,Cに悪意又は重過失がある場合には,Cが悪意又は重過失があったとしてもDに帰属する,という結論になります。
 CとDのいずれにも悪意又は重過失がある場合に,施行日前に譲り受けたCへの債権譲渡は効力がなく,施行日後に譲り受けたDへの債権譲渡は有効である,という「遅い者勝ち」という逆転現象が起きるわけです。
 その結果,施行日である平成32年4月1日の直後に,債権譲渡のラッシュが到来するのではないか,また,これを悪用して先日付の債権譲渡契約書を作成する者も出てくるのではないかと予想されます。
ケ 相殺
 相殺禁止・制限特約の効力(新法505条2項)の適用については,その特約成立が基準です(制定附則26条1項)
 不法行為債権等を受働債権とする相殺の可否(新法509条)の適用については,受働債権発生と受働債権発生原因である法律行為のいずれか早い方が基準です(制定附則26条2項)。自働債権が基準になるのではありません。
 他方,差押えを受けた債権を受働債権とする相殺(新法511条)の適用については,自働債権の原因が基準です。
 相殺の充当(新法512条)の適用については,自働債権・受働債権のいずれでもなく,相殺の意思表示が基準となります。
コ 契約の成立
 契約は,申込と承諾が合致して成立しますが,契約の成立に関する規定(新法521条以下)の適用に関しては申込みが基準とされています(制定附則29条1項)
サ 契約の解除
 解除に関する新法541条~543条,545条3項,548条の適用については,解除が基準になるのではなく,契約が基準とされています(制定附則32条)。
シ 定型約款
a   定型約款に関する規定(新法548条の2から548条の4)は,施行日前に締結された定型取引に係る契約についても適用されます(制定附則33条1項)。定型約款の変更に関する現状における法律関係が不明確であるため,新たに設けたルールを適用することが取引の当事者双方の利益に資するためです。
b   しかし,新法548条の4が適用される結果,定型約款準備者は相手方の同意を得ることなく定型約款の変更ができるようになりますので,変更を予定していなかった相手方を保護する必要があります。そこで,制定附則33条2項,3項は,例外として,施行日までに適用に反対する意思表示を書面で行った場合には,新法は適用されないこととしました。
 ただ,相手方が定型約款取引にかかる契約を解除できる場合には,重ねて適用排除の機会を設ける必要がありません。そこで,例外の例外として,「契約又は法律の規定により解除権を現に行使することができる者」は,上記「反対の意思表示」ができないこととし,その結果,施行日後は新法の適用を受けることとなります。
c   施行附則33条3項は,上記2(2)で述べたとおり,「公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」,具体的には,平成30年4月1日に施行されることとなりました。したがって,平成32年4月1日以降に新法の適用を受けたくない者は,平成30年4月1日から平成32年3月31日までの間に,新法の適用に反対する意思表示を書面で行うことになります。他方,施行附則33条2項の「反対の意思表示」を避けたい定型約款準備者は,平成30年4月1日より前に,約款内に,解除権を認める規定を明文で設けることが考えられます。
 施行附則33条2項の「契約又は法律の規定により解除権を現に行使することができる者」の解釈として,必ずしも明文の規定で解除権が定められている必要はないと思われますが,定型約款は一律に適用できるところに意味がありますので,反対の意思表示がされることにより新法が適用されるか否か不明になるという事態を避けるためです。
ス 契約各論
a   契約各論に関する法の適用は,当然ながら契約締結が基準となります(施行附則34条1項)。
b   ただ,賃貸借の更新後の存続期間を最長50年間まで認める新法604条2項は,施行日前に賃貸借契約が締結された場合において施行日後にその契約の更新に係る合意がされるときにも適用されます(施行附則34条2項)。
c   不動産賃借人による妨害の停止請求等に関する新法605条の4は,施行日前に締結された不動産賃貸借契約においても,施行日後に不動産の占有を第三者が妨害するなどした場合にも適用されます(施行附則34条3項)。
(3)契約の更新に関する適用

 上記(2)スbで述べた施行附則34条2項の反対解釈からすれば,ある契約を施行日後に合意更新した場合,現行民法が適用されるかのようにも考えられます。しかし,当事者の予測可能性という点からすれば,明示的に合意更新した場合にまで,現行民法を適用するのは疑問があり,施行附則34条2項は,賃貸借契約の特殊性に着目した附則であるとも考えられますので,今後,議論になるものと思われます。

(4)基本契約と個別契約に関する適用

 新法施行前に売買取引基本契約書のような基本契約が成立し,新法施行後に個別契約が成立する場合に,法の適用を基本契約と個別契約のいずれを基準にして判断するかは重大な問題です。また,売買取引基本契約書で「瑕疵担保責任」や「法定利率」という用語が用いられている場合に,その意味をどのように捉えるべきかという問題もあります。
この点に関しては,基本契約とは別に個別契約の成立が予定されている以上,個別契約の成立時期が基準時になるという考え方が成り立ちます。他方,これに対しては,現行法を前提とした基本契約に基づく法律関係を想定している契約当事者の予測可能性を害するとの批判があり得ます。
これは,基本契約と個別契約の具体的な内容によっても異なる可能性があり,難しい問題ですが,現時点で敢えて見解を述べるとすれば,法の適用の基準時は個別契約の成立時期であるとしつつ,新法の任意法規に関する限り,売買取引基本契約によって定められた限度で新法の適用が排除され,かつ,売買取引基本契約の定めは現行法を前提として意思解釈する,と考えることができるのではないかと思います。この考え方に基づけば,例えば,新法施行前に,遅延損害金について「法定利率を適用する」という定めを含む売買取引基本契約を締結し,新法施行後に個別契約が成立したときには,任意規定ではない売買代金の時効期間については新法が適用されますが,任意規定である遅延損害金の利率については3%でなく,5%又は6%になる,ということになります。もっとも,売買取引基本契約の定めが新法の任意法規の適用を排除する趣旨まで含むか否かは議論の余地があり,トラブルを避けるためには,平成32年4月1日以降,売買取引基本契約を新たに締結し直す方が無難と思われます。

(民法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令の公布に伴い,2017年12月22日改訂)

以上