弁護士法人 淀屋橋・山上合同

コラム

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香港法

香港法(1) 香港ビジネスと法制度
今後の香港ビジネスを考える上で知っておきたい最近の動向

【執筆者】増山 健

【PDF版】

1 はじめに1

 2019年の6月以降、香港では、政府に対する抗議活動が激化し、その様子は日本のニュースでも連日報道されました。筆者は、ちょうどこの時期に、香港中文大学のLL.M(法学修士)に留学しており、抗議活動に伴う社会的混乱を目の当たりにしたばかりか、自分の通う大学のキャンパスが催涙弾と火炎瓶の飛び交う抗争地と化すという衝撃的な体験をいたしました。
 抗議活動は、2020年6月現在も続いており、香港企業との取引や香港進出等の香港ビジネスをする日本企業にとっても、その影響を無視することはできない状況です。そこで、何回かに分けて、香港ビジネスにかかわりのある日本企業や日本人を対象に、最近の動向を踏まえ、今後の香港ビジネスを考える上で知っておきたい法制度の基本的な部分を解説していきたいと思います。
 本稿では、導入的位置づけとして、「香港企業との取引や香港進出をする上で、なぜ、法制度の最近の動向を知っておくべきなのか?」を簡単にご説明します。

 

2 香港でビジネスをすることの優位性
(1)日本企業が香港でビジネスをすることのメリット

 香港は、日本人にとって人気のある観光地であるというだけでなく、中国大陸へのゲートウェイや東南アジア市場への地域統括拠点として、日本企業はもちろん世界中の企業にとって有数の進出先・投資先であり続けてきました。
 一般的に、香港でビジネスをすることの優位性は、巨大市場である中国大陸や東南アジアに地理的に近接していること、低税率、自由貿易、法律・会計分野におけるハイレベルなサービス、情報の流通度、オープンな競争環境、教育水準の高さ、英語が通じること、そしてイギリスのコモンロー体系に由来する高度な「法の支配」によって支えられていると言われてきました。実際に、中国大陸や東南アジアで行う事業を統括する拠点やJVを香港に設立する手法が、従来から用いられてきました。

(2)世界有数の親日地域

 これらに加え、香港には親日家が非常に多いことも、事業進出先としてのアドバンテージの一つです。2019年に香港から日本を訪れた人数は、約229万人であり、これは、韓国・中国大陸・台湾に次いで4番目の数字です2。香港の総人口が約700万人であることを考えると、約3人に1人の香港市民が、日本を訪れていることになります3。筆者も、2019年から香港に住んでいますが、日本人であるというだけで好意的に接してもらえることもありましたし、日本の製品や食品は、スーパーやコンビニ等で当たり前のように販売されています。ちなみに、香港の学生に最も人気の第二外国語は、日本語だそうです。これには、最近の若年層が日本のアニメ・漫画・ゲームにハマっていることが大きく影響しているようです。
 そのため、2019年10月時点で、香港には卸売業を中心として1688社もの日本企業が進出している4ほか、香港は日本にとって第5位の輸出先となっています5。特に、農林水産物については、2007年以降、日本にとって香港が最大の輸出先であり続けています6。香港人の日本食好きは凄まじく、香港随一の繁華街であるCauseway Bay(銅鑼灣)では、日本式居酒屋ばかりが入っているビルもあるくらいです。香港にとっても、日本は大きな貿易相手国であり、2019年度は輸出入総額で第4位の貿易相手国でした7。香港で商業的成功を収めた後、中国大陸や東南アジアに大々的に進出するということも考えられ、香港はいわば「アジア市場のショーケース」的役割を持っているともいえるでしょう。

(3)政府主導の企業誘致

 さらに、香港政府は、海外企業の誘致にも積極的で、特定分野の企業が香港に子会社を設立して事業を行うことに対して助成金支給を含む様々な支援プログラムを提供しています。特に、スタートアップ支援には力を入れているようで、フィンテック、eコマース、IT、デザイン業、バイオ分野などを中心に、多様なスタートアップが香港に拠点を作り始めています8
 このような政府による企業誘致も、香港進出の魅力の一つです。

3 法制度から見る香港進出メリット~一国二制度~

 法制度という観点から見たときには、以下のとおり、香港は、「中国の一部でありながら、中国大陸とは異なる法律や司法制度が適用され、高度な法の支配が存在する」ことが大きなメリットとなっています。
 香港は、19世紀以降、イギリスの植民地として経済的発展を遂げ、1997年7月1日に中国へ返還されました。しかし、中国は、返還に先立って「香港基本法」を制定し、少なくとも2047年までは、社会主義制度を採用する中国大陸とは異なり、市場経済及び資本主義体制が維持されると定めました(「一国二制度(One Country Two Systems)」)。
 この香港の憲法ともいえる香港基本法は、香港に高度の自治権を与えるほか、返還前の法律(イギリス法に由来するコモンロー、エクイティ、その他の制定法、慣習法)を維持し、司法権の独立を保障しています。香港には、司法権のほか、行政権(行政長官をトップとする香港政府)と立法権(香港立法会)も存在しますが、三権分立が保障されていることになるのです。香港の裁判所(法院)は、立法会が制定する法律であっても、香港基本法に抵触する場合には無効として適用しないこともでき、いわゆる違憲審査権を有しています。また、香港法院は、最高裁判所に相当する終審法院をその頂点としており、全ての裁判は香港域内で完結します。さらに、香港で適用されるコモンローは、イギリス法に由来するもので、長年に亘り積み重ねられてきた判例法理を基礎としているため、明確性や予測可能性が確保されています9。これらにより、高度の法の支配が保たれている、と言われています。この高度な法の支配により、外国企業・外国人投資家であっても、事業のリスクとリターンを予測した上で、安心してビジネスや投資を行うことが可能となっているのです。
 これに対し、中国大陸も、2001年にWTOに加盟した前後から、急速に法制度の整備を行っており、近年の司法制度改革は目覚ましいものがあります。問題視されてきた知的財産権保護の点なども克服すべく法律改正が進んでいるほか、最新の議論を反映した民法典が成立するなど、近年の中国は「法治」を重視しています。以前に比べれば、法律的な安定性は増してきているといえるでしょう。
 ただし、中国大陸における「法治」とは、日本や欧米諸国などにおいて理解されている「法の支配」とは全く異なる、「中国の特色ある社会主義法治」であることに注意が必要です10。すなわち、上記の香港の場合とは違い、中国大陸では、三権分立が保障されておらず、全国人民代表大会(全人代)が強大な権限を持っています。さらに、裁判所で適用されるルールとして、制定された法律のみならず「政策」的な観点が持ち込まれることもあると指摘されています。中国は、この法制度を前提として近年急速に経済発展してきた実績があるのは確かですが、どちらが優れているのかという問題はさておき、少なくとも日本の法制度を前提としてビジネスをしてきた日本人や日本企業にとっては、法律や司法制度に対する理解の前提が大きく異なっているというべきであり、思わぬ落とし穴にはまるリスクは依然として払しょくできないといえるでしょう。

 

4 香港の法制度に関する最近の動向

 しかし、周知のとおり、2019年6月以降、香港では、香港政府に対する大規模な抗議活動が起こっています。その経緯はここでは割愛しますが、日本企業の約4割がデモによる影響を受けた11ほか、日系企業の香港支社長が抗議者側に批判的な書き込みをしてSNSで炎上する事件まで発生しました12。とはいえ、そのような中でも2019年12月に香港に進出した外食チェーン13が連日長蛇の列を作るなど成功している例もあり、香港進出や香港ビジネスにリターンがなくなっているわけではありません。ただ、いずれにせよ、香港に関係する日本企業としても、この問題に全くの無関心でいることは難しいのが現状です。
 そうした情勢不安が続く中、中国全人代は、2020年5月28日、香港版国家安全法の草案を可決し、大きな議論を香港で巻き起こしています。これは、国家分裂や中央政府転覆、外国の干渉、テロ行為に対して刑事罰を科す法律であり、早ければ6月中にも施行される可能性があります。この国家安全法は、一見すると、香港に進出する日本企業には適用されることのない法律のようですが、「(香港の立法会ではなく中国大陸の)全人代が制定し、香港に適用される」という点で、大きな意義を持っています。すなわち、一国二制度の下では、(法制度が香港とは異なる)中国法をどのようにして香港に適用するのか、例えば、いわゆる「無罪推定の原則」や、法律成立以前の行為に対しては法律が適用されないという「不遡及原則」が維持されるのか、担当する裁判官は従来と同じか等々14、香港の法制度そのものに対するインパクトを与える可能性があります。中国政府側は、一国二制度を堅持すると一貫して主張しており15、香港の司法制度にも合致したものとなると説明しています16が、未だ具体的な法文が可決されたわけではないため、動向を見守る必要があるでしょう。
 香港に限らず、covid-19の影響や米中貿易摩擦の影響もあり、世界情勢そのものが予断を許さない状況です。今後の海外ビジネスを考えるにあたっては、法制度をはじめとして諸外国の動きに注目することは不可欠であり、最新の情報アップデートして法務サポートにあたるべきだと考えております。

以上

1本コラムは、一般的な情報提供にとどまるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等へのご相談をご検討ください。また、筆者は、香港法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、香港現地事務所と共同してさせていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は執筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。

2日本政府観光局調べ https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/since2003_visitor_arrivals.pdf

3実際には、年複数回来日する相当ヘビーな日本好きがいるでしょうから3人に1人ということにはなりませんが、ロースクールのクラスメイトの香港人は、ほぼ全員が一度は日本に旅行に行ったことがあるようでした。ある温泉マニアの友人が、大分の温泉は別府よりも湯布院の方が好きだ、と話してくれたのにはとてもびっくりしました。

4東京商工リサーチ調べ https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20191001_03.html

5財務省貿易統計より https://www.customs.go.jp/toukei/suii/html/data/y4.pdf

6農林水産物輸出入概況 農林水産省よりhttps://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kokusai/index.html

7Hong Kong’s Principal Trading Partners in 2019, Trade and Industry Department of Hong Kong Governmentのウェブサイトより  https://www.tid.gov.hk/english/trade_relations/mainland/trade.html

8StartmeupHKフェスティバルというスタートアップ向けのイベントが開催されており、今年もオンラインで開催されるとのことです。 https://www.startmeup.hk/startmeuphk-festival-2020/

9松田日佐子「国際ビジネス・ハブとしての香港の法制度―その1」JCAジャーナル64巻10号18頁

10日本貿易振興機構(ジェトロ)「北京中国国家機構改革の最新動向」(2018年5月)、東方新報「中国初の「民法典」は法律史の里程標、60年余りの歳月を経て夢から現実に」(2020年6月18日)等参照

11在香港日本国総領事館=日本貿易振興機構(ジェトロ)香港事務所=香港日本人商工会議所「香港を取り巻くビジネス環境にかかる緊急アンケート調査 集計結果」(2019年10月23日)11頁

12https://ironna.jp/article/15030

13https://hongkong-bs.com/topics/2019121001/

14例えば、初代終審法院長官を務めたAndrew Li氏は、香港の有力紙である明報(2020年6月2日付)にこの法律に関する意見を寄稿し、国家安全法の制定と導入は理解できるが、香港の法制度に適合したものである必要がある等の意見を述べています(李國能:人大立法可理解 癥結在內容 提多個建議:在港公開審訊 須沒追溯力 調查權受港法規管)。

15国务院港澳事务办公室「国务院港澳办发言人谈全国人大会议涉港议程:建立健全香港特别行政区维护国家安全的法律制度和执行机制将为“一国两制”行稳致远筑牢制度根基」(2020年5月22日)

16https://news.yahoo.co.jp/articles/07d47b8876520bba2c45492d760dd59a1ea414fb

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