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オンラインのスポーツ・ベッティングの適法性と注意点

【執筆者】増山 健

【PDF版】

1 スポーツ・ベッティングとは?

 なかなか耳慣れない言葉かもしれませんが,今,欧米をはじめとした諸外国では,「スポーツ・ベッティング」が盛んになってきています。Sports Betting,すなわち,スポーツを対象とした「賭け」=賭博のことです。
 スポーツ・ベッティングが最も盛んなのはイギリスであり,19世紀前半から国民の娯楽の一つとして親しまれてきました。賭博は,大衆の娯楽の一つである一方で,多くの中毒者を生み出してしまう危険があるため,議会では,法的に賭博を禁止とすることも議論されました。しかし,当時の首相が「われわれは法規制でギャンブルをやめさせることはできない。人間の本能的行為をやめさせる方法は何人にも見つけることができない。」と議会で報告したことに象徴されるように,既に賭博が盛んであったようで,むしろ,正面から賭博の適法性を許容した上で,胴元(賭博の主催者,元締め等のことを指します)を免許制にするなどして適切な規制を及ぼす,という方向に舵を切ってきました。
 では,日本ではどうでしょうか。日本においては,賭博それ自体が原則として違法であり犯罪とされています(刑法185条~187条)。一部特別法によって合法化された賭博も存在し,競馬,競輪などの公営競技や,totoなどが盛んですが,スポーツ・ベッティングにはそのような特別法はありません。つまり,スポーツ・ベッティングは,日本国内においては原則として違法なのです。なお,ここ数年で議論が進んでいるIR施設(特定複合観光施設)におけるカジノ行為の適法化が実現したとしても,スポーツ・ベッティングが適法とされる可能性は低そうです2

2 オンラインベッティングの普及による影響
(1)オンラインでのベッティングサイトの普及

 ところが,最近では,「日本国内では違法の可能性があるが,胴元を取り締まることができない」スポーツ・ベッティングの形態が急増しています。それは,いわゆるオンラインカジノのようなものですが,海外(例えばイギリス)で適法に賭博運営の許可を得た会社が,インターネット上でベッティングサイトを開設し,そこに日本人が日本国内のコンピューター端末から参加して賭けをする,というような形です。
 例えば,イギリスでは有名な”William Hill”という会社があります。この会社は,年間の売上総利益が2000億円にも及ぶ大企業で,オンライン上でスポーツ・ベッティングができるサイトを開設,運営しています。そして,そのサイトには,日本語版があり,日本のJリーグやプロ野球までもが賭けの対象となっているのです。英語が一切わからず,また海外スポーツに全然興味がないような日本人でも,容易にスポーツ・ベッティングに参加することができてしまう仕組みです。

(2)利用者や国内のスポーツ団体への影響~「賭ける」側の側面と「賭けられる」側の側面~

 このように,日本国内に,海外のスポーツ・ベッティングサイトが進出することにより,どのような影響があるのでしょうか。
 この問題を検討するにあたっては,「賭ける」側,つまりベッティングサイトを利用したいと考える人や会社と,「賭けられる」側,つまり日本国内のスポーツ団体やチーム(さらにはそこに所属するスポーツ選手)に分けて考えなければなりません。

3 「賭ける」側の問題=海外のスポーツ・ベッティングサイトの利用と賭博罪

 まず,海外のベッティングサイトを利用する側,つまり「賭ける」側の問題を考えてみます。

(1)日本国内からアクセスした利用者は処罰されないのか?

 日本国内のパソコンやタブレット端末等から海外のベッティングサイトにアクセスし,賭博に参加した利用者個人には,問題がないのでしょうか。既に述べたとおり,日本の刑法では賭博は原則として違法とされていることから,単純賭博罪(刑法185条)や常習賭博罪(刑法186条1項)により処罰されるおそれがないのか,検討する必要があります。
 しかし,実は,この場合,どれだけ処罰される可能性があるのかははっきりしません。
 サイト自体は海外で運営されていますが,日本国内にいる人が,海外送金等何らかの形で一定の金額を支出してそれを「賭けた」のですから,単純賭博罪や常習賭博罪の処罰対象となる可能性があることは確かです。
 ところが,ベッティングサイトを運営している海外の会社自体は,日本刑法の賭博場開帳罪(刑法186条2項)により処罰されることはほぼ有り得ません。日本刑法における賭博罪は,「国内犯」,つまり犯罪を構成すべき行為が日本国内で行われた場合にしか適用されないのです(刑法1条~3条の2)が,サイトのサーバーは多くの場合海外にあるでしょうし,日本人を対象としたサイトを開設したというだけでは,日本国内で賭博場を開帳したとまで言い切れるかは若干疑問です。また,そもそも,本国で適法に事業許可を得ている会社を,海外の捜査機関に協力を要請してまで,日本の捜査機関が摘発するということは事実上有り得ないでしょう。
 そうすると,同じ賭けへ参加した海外にいる者や,それを取り仕切る胴元の海外の会社は,基本的に処罰されないにもかかわらず,一人で国内から参加した利用者が処罰対象となり得るということになります。しかも,刑事責任の重さでみると,賭けに参加した個人よりも,それを取り仕切って利益を得ている胴元の方が重いことは明らかでしょう(実際に,単純賭博罪より賭博開帳罪の方が法定刑が重い)。この場合に,日本国内にいる参加者だけが処罰されて,他の者は何らその責任を問われないというのでは,バランスがとれていないように思われます。
 実際に,平成29年のはじめに,海外のオンラインカジノを日本から利用した人が,単純賭博罪で摘発されましたが,結局,不起訴となった例があるようです。どのような判断のもと不起訴とされたのか,公開されているわけではありませんので何とも言えませんが,もしかすると,上記のような不均衡さが考慮されたのかもしれません。
 結局,国内からのベッティングサイト利用者は,賭博罪で有罪判決まで受けるリスクが,全くないとは言えませんが,必ずしも可能性が高いわけではない,ということになります。

(2)日本国内でサイトをビジネスに応用した者は処罰されないのか?

 次に,ベッティングサイトを国内でビジネスに応用する場合はどうでしょうか。例えば,日本国内にあるスポーツバーが,テレビでスポーツ中継などを流しつつ,同時にスポーツ・ベッティングを利用できるような環境を整えたりすると,面白いビジネスとなるかもしれません。
 しかし,これには,かなり慎重な検討が必要です。
 既に述べたように,ベッティングサイトの配信者は,日本の刑法により処罰されることがほぼ有り得ない状況です。しかし,例えば,日本のカフェ等においてパソコンやタブレットを設置して,客にベッティングサイトへアクセスさせ,その勝敗でカフェの利用料金を変動させたり,店のポイントを付与したりするような場合には,賭博行為の一部が日本で行われていると評価され得ますから,「国内犯」として処罰の対象となる可能性があります(実際に海外のオンラインカジノを利用したサービスを提供した店が処罰された事例として,東京高等裁判所の平成18年11月28日判決)。また,摘発も日本の捜査機関限りでできてしまいますから,事実上も摘発は容易だといえるでしょう。
 ベッティングサイトを利用して日本でビジネスを行おうとする場合には十分な注意が必要があり,先ずは弁護士等専門職に相談することが必須だと思います。

 

4 「賭けられる」側の問題=八百長の危険とスポーツ団体のガバナンス

 次に,「賭けられる」側の問題を考えてみます。

(1)スポーツ・ベッティングと競技の公正性,スポーツのインテグリティ

 上記のように,海外のスポーツ・ベッティングサイトが日本に及ぼす影響の第一として,「賭博罪」との関係が挙げられますが,懸念すべきはそれだけではありません。それは,日本国内のスポーツが賭けの対象とされていることで,八百長や不正のリスクが発生する,ということです。
 歴史的にみたとき,残念ながら賭博に不正はつきもので,胴元や参加者から,選手,あるいは審判への働きかけがあったという事例は数多く報告されており,時には組織ぐるみでの八百長試合が行われたことすらあります。当然のことながら,スポーツに八百長や不正は禁物であり,一たび八百長や不正が発覚すれば,多くのファンを失望させ,スポーツそれ自体の価値を傷つけてしまいます。そのため,スポーツ団体にとっては,八百長や不正を防止し,競技の公正性,スポーツのインテグリティを確保することは,非常に重要な課題です。しかし,前述したように,既に現在,日本のJリーグやプロ野球は賭けの対象となっているのです。特に,ヨーロッパと違って夏にスポーツが盛んな日本は,海外からのターゲットになりやすいとの指摘もあります。
 スポーツ・ベッティングが,オンラインの形で日本に進出しつつある今,改めて,八百長や不正防止の対策が十分か,見直す必要があるといえるでしょう。

(2)八百長防止の施策

 では,八百長防止のために,スポーツにかかわる者(特に,各競技団体をはじめとするスポーツ団体)は,何をするべきでしょうか。
 八百長防止の施策には,「予防」,「管理」,「検証」の3段階があるといわれています。予防とは,選手や関係者に対する教育,啓蒙活動などであり,八百長による悪影響やリスクなどを正確に理解させることを目的とします。管理とは,八百長が行われていないかどうかを調査することです。そして,検証とは,八百長防止に関する競技団体の内規を整備したり,実際に八百長に関与した選手や関係者の摘発や処分等を行うことです。
 このうち,予防については,現在でも積極的な取り組みを行っている団体も多いと思います。専門家を講師に招くなどしてセミナーを開催したりして,選手や関係者の意識向上を図ること等が多いと思いますが,引き続き,取り組みを行っていく必要があるでしょう。
 また,管理については,日本サッカー協会(JFA)が導入しているEarly Warning System等が現在の取り組みの最たる例です。常に本格的な八百長調査を行うことは,中小規模の団体にとっては難しいかもしれませんが,八百長の疑いが生じた時にいつでも調査体制を整えられるよう,普段から準備しておくことが肝要です。
 最後に,検証については,中小規模の団体では内規の整備が十分ではないのが実態ではないでしょうか。八百長が行われた場合に,どのような処分が下されるのか,そもそも八百長であるとの認定はどの機関が行うのか等,適切なルール作りがされていなければ,問題が発生した際に十分な対応ができませんから,結局日頃からの備えが大変重要であるということになってきます。
 これらの施策については,中小規模の団体こそ,専門家に積極的に相談を行い,取り組みをしていくべきだといえるでしょう。

5 国際的なスポーツ・ベッティングへの取り組み,法規制

 なお,これは余談ですが,スポーツ・ベッティングが盛んな欧米では,上記のようにベッティングがオンラインを通じて国際化してきた傾向を踏まえ,本格的な法整備がなされてきていますので,少しだけご紹介したいと思います。
 欧州評議会(the Council of Europe)は,2014年に,スポーツの八百長防止に関して,初の国際的ルールを定めた条約”the Convention on the Manipulation of Sports Competitions”を採択しました。「国内・国外とを問わずスポーツ競技における八百長を防止し,調査し,制裁を加えること」及び「国内・国外とを問わずスポーツとスポーツ・ベッティングに関連する公的機関や組織間における八百長防止に向けた協力関係を促進すること」がその規律の対象と謳われています(同条約1条2項)。
 既に述べたように,八百長防止のためには予防・管理・検証が重要ですが,スポーツ・ベッティングの市場規模が大きくなればなるほど,関与する当事者も増えてきますから,ベッティングの主催者,スポーツ団体,さらには捜査機関との間での連携が重要となってきます。そのために,統一化されたルール作りが,欧州では進められているのです。
 同条約は,2016年に事務局を設置して本格的な運用を開始し,2018年9月にも国際会議が開催されており,これから実績を重ねていくことが期待されています。日本へ直ちに影響を及ぼすかどうかは定かではないものの,今後その動向に注目していく必要があるでしょう。

以上

1本コラムは、一般的な情報提供にとどまるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等へのご相談をご検討ください。また、本コラムに記載された見解は執筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。

2特定複合観光施設区域整備法第2条7項で、カジノ行為は、「カジノ事業者と顧客との間又は顧客相互間で、同一の施設において、その場所に設置された機器又は用具を用いて」されると定義されているため、一般的に行われているプロ・アマチュアスポーツの試合を対象として賭けをすることはここでのカジノ行為に含まれないと考えるべきです。特定複合観光施設区域整備推進本部事務局による平成29年12月15日付「特定複合観光施設区域整備推進会議取りまとめ~『観光先進国』の実現に向けて~」に関する意見募集(パブリックコメント)の結果及び説明・公聴会における表明意見に対する回答について(概要)」でも、スポーツベッティングは、「カジノ事業者が自ら実施し、公平性を確保することが困難であることから、認めることは適切でない」とされています。