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刑法から強姦罪が消えた?

【執筆者】中尾 巧

1「刑法から強姦罪が消えた」と聞けば、驚かれるかもしれません。
 今年6月16日、「刑法の一部を改正する法律」が成立し、同月23日法律第72号として公布され、翌7月13日から施行されました。
 近年における性犯罪の実情等に鑑み、事案の実態に即して対処できるようにするための大幅な改正です。強姦罪の構成要件と法定刑を改めて罪名を「強制性交等罪」に変更するとともに、監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪を新設し、さらに強姦罪等を親告罪とする規定を削除するなどが主な改正内容です。この結果、明治四〇年の現行刑法制定以来維持されてきた「強姦罪」という罪名が刑法から消えることになったのです。

2 改正前の刑法第177条(強姦)では、「暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。」と規定されていたので、強姦罪で処罰される対象は、女子に対し性交(姦淫)する行為に限られていたのです。
改正後の刑法第177条(強制性交等)では、「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。」と改められました。これにより、性交(姦淫)だけでなく、肛門性交や口腔性交も、強制性交等罪で処罰される対象となったのです。これは、従前強制わいせつ罪の処罰対象だった性交類似行為の中でも、濃厚な身体的接触を伴う肛門性交や口腔性交については、性交(姦淫)と比べ、その悪質性や身体的・精神的被害の重大性に差がないと考えられたからです。
 また、今回の改正では,被害を受けた者が被る身体的・精神的被害は、性別の違いによって異なるものではないと考えられることから、今回の改正では,犯罪の相手方(客体)を「女子」から「者」に改め、それには男性も含むこととされたのです。その一方で、従前強姦罪については、事実上、強姦をする者は男性に限られてきましたが、強制性交等罪の行為者(主体)は、男性のみならず、女性も含まれることになったのです。例えば、女性が男性の陰茎を自分の膣内に無理矢理入れさせる行為や、男性が別の男性の陰茎を自分の肛門内に無理矢理入れさせる行為は、これまで強制わいせつ罪で処罰されていたのですが、改正後は強制性交等罪で処罰されることになったのです。

3 今回の改正では、性犯罪の重罰化が図られました。
 これまで強姦罪の法定刑の下限である懲役3年は、強盗罪や現住建造物等放火罪の法定刑の下限である懲役5年よりも低いのにもかかわらず、最近の裁判での量刑をみると、5年を超える懲役に処せられた事件の割合が強盗罪や現住建造物等放火罪よりも強姦罪の方が高くなっている状況にあったのです。そうすると、強姦罪の法定刑の下限は低きに失し、国民の意識ともかけ離れていると言わざるを得ないことになります。このような状況を踏まえ、強姦罪の構成要件を見直して設けられた強制性交等罪の法定刑の下限については、強盗罪や現住建造物等放火罪と同様に懲役5年に引き上げられました。これに伴い、強制性交等致死傷罪の法定刑の下限も、改正前の強姦致死傷罪の懲役5年から懲役6年とされた。

4 今回の改正で刑法第179条として新設された監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪について触れておきたいと思います。
 同条は、「18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつ行為をした者は、第176条の例による。」と定めています。
 なお、ここでいう第176条(強制わいせつ)は、「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。」と規定されています。
 これまで実親、養親等が18歳未満の者を監護している場合、一般に精神的に未熟な被監護者が経済的にも精神的にも監護者に依存しているため、これに乗じて監護者が18歳未満の被監護者に対し、性交やわいせつ行為などの性的行為を繰り返す事案が少なくなかったのです。実際、この種の事案で監護者が検挙されても、すべての犯行の日時、場所を具体的に特定することが困難な上に、仮に一部それが特定できたとしても、性的行為の場面だけを見ると、暴行や脅迫が認められず、あるいは抗否不能にも当たらないため、やむなく起訴を断念したという事例もありました。そこで、このような事案の実態に即した対処が可能とするため、監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪が新設されたのです。
 なお、本罪の趣旨に照らすと、18歳未満の者が監護者との性的行為に同意していたとしても、そのことは犯罪の成立を否定する事情にはならないと考えられています。

5 最後に、強姦罪等の性犯罪を親告罪とする規定が削除されたことについて補足しておきましょう。
 通常、強姦罪等の性犯罪の公訴を提起すると、被害者の名誉やプライバシー等が侵害されるおそれがあることから、被害者の意思を尊重し、従前はその告訴がない限り公訴を提起することができなかったのです。しかしながら、性的犯罪被害を被った者に告訴するか否かの選択を迫ることはかえって被害者に精神的な負担を生じさせる可能性が高いでしょう。このような点を考慮し、強姦罪等を親告罪とする規定が削除され、性犯罪が非親告罪とされたのです。もとより、性犯罪事件の処理に当たっては、被害者の心情に配慮し、その意思を丁寧に確認するなど適切な対処が求められると思います。

6 性犯罪に対する社会的な評価が時代と共に変遷して来ていることは否定しがたく,近年、いわゆる「性の中立化」が著しく進んだように思います。今回の刑法改正では一面それが色濃く反映されたものとはいえ、これを肌感覚で理解するまで時間がかかる方もおられることでしょう。

文責 弁護士中尾 巧