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民法改正による不動産実務(売買・賃貸)への影響

【執筆者】山下 遼太郎

1 本コラムの趣旨

 今回,約120年ぶりに民法が大きく改正されますが,この改正にあたっては,不動産実務(売買・賃貸)に対して,大きな影響を与えるような改正がなされています。今回のコラムでは,特に,不動産売買業や賃貸業を営んでいる不動産会社向けに,この点について分かりやすく解説をしたいと思います。

2 不動産売買に関する改正
⑴ 「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」へ
ア はじめに

 これまでの民法では,瑕疵担保責任(現行民法570条)の規定が設けられていました。瑕疵担保責任とは,売買の目的物に瑕疵(その物が取引上通常要求される品質が欠けている状態)があり,それが取引上要求される通常の注意をしても気が付かないものである場合に、売主が買主に対して負う責任のことをいいます。不動産売買実務上も,瑕疵担保責任に関する紛争が多く見られます。
 今回の民法改正では,この「瑕疵担保責任」が「契約不適合責任」に名称が変更されるとともに,その責任の内容にも変更がありますので,この点について解説をしたいと思います。

イ 当事者の主観的要素を重視する「契約不適合」へ

 これまでの民法では,売主が瑕疵担保責任を負う要件は「隠れた瑕疵」と規定されていました。もっとも,今回の改正では,これが「契約不適合」という表現に改められました(改正民法562条)。
 これは,売買の対象となった不動産の物理的な瑕疵(土壌汚染や雨漏り等)のみで責任の有無を判断するのではなく,主観的な要素(当事者が不動産売買契約においてどのような要素を重視していたか)を考慮しようとするものです。このような主観的要素を重視するという考え方を採用する裁判例は今回の改正以前も存在しましたが,今回の民法改正では,この点を明文化したものです。

ウ 買主救済の選択肢が広がる・その1(追完請求権)

 これまでの民法では,売買の目的物に瑕疵が存在した場合,その瑕疵を修補(修理や補修)したり,瑕疵のない代替品や不足分を求めること(これを「追完請求権」といいます。)が認められるのは,不特定物を目的物とする売買のみであるとされていました。不動産は特定物として売買されることが通常ですから,不動産の売買にあたっては,実務上,追完請求権は認められてこなかったといえます。
 もっとも,今回の改正では,この追完請求権が明文で規定され(改正民法562条),不特定物のみならず特定物(不動産)についても,追完請求権が認められることになりました。これによって,例えば,購入した建物に,後日,売買時点で雨漏りが存在することが発覚した場合には,これまでは損害賠償請求をするか,(当該雨漏りが重大なものである場合は)契約解除をするしかありませんでしたが,改正民法下では,買主に対して,その雨漏りを修補することを求めることができるようになりました。
 他方で,不動産の売主にとっては責任が重くなったといえますので,売買契約書の締結交渉にあたって,追完請求権を排除したり,追完請求権に応じるとしてもその限度額を設定するといった対応を講じることを検討する必要があります。

エ 買主救済の選択肢が広がる・その2(代金減額請求権)

 これまでの民法では,隠れた瑕疵が存在した場合に,損害賠償請求と解除のみが認められており,売買代金の減額は(少なくとも主要な裁判例では)認められていませんでした(例えば,購入した不動産に土壌汚染や雨漏り等が発見された場合でも,売買代金の減額を求めることはできず,買主としては,売買契約を解除するか損害賠償を請求するしかありませんでした。)。
 もっとも,売買契約の等価性を維持するという観点から,売買代金の減額を認めるべきとの意見が強く,今回の改正では,この代金減額請求権も明文をもって認められることになりました(改正民法563条)。買主にとっては,契約に適合しない不動産を購入してしまった場合の救済メニューが拡充されたといえますが,売主から見れば責任が重くなったと言えます。売主は,不動産を売却するにあたっては,従来以上に,売買の目的となる不動産の現況確認等を慎重に行う必要があるでしょう。

オ 契約不適合責任への統一化

 これまでの民法では,物の瑕疵(=隠れた瑕疵)と権利の瑕疵(=権利の全部又は一部が他人に属する場合等)を区別し,それぞれのケースで適用される条文が異なっていました。
 もっとも,改正民法では,これらの「物の瑕疵」と「権利の瑕疵」を区別せず,全て「契約不適合責任」に統一することになりました。

カ 従来の売買契約書をどのように変更すべきか

 これまでの不動産売買実務で利用されていた売買契約書には「瑕疵担保責任」や「瑕疵」といった表現が用いられているものと思いますが,上記に述べたとおり,改正民法において「瑕疵」という概念は存在せず,「契約不適合」という概念に改められたことになります。したがって,今後,売買契約書における「瑕疵」や「瑕疵担保責任」といった表現を「契約不適合」に改める必要があるでしょう。
 また,「契約不適合」とは,契約当事者の主観的要素を重視する考え方ですから,不動産の買主側からみれば,不動産売買契約書に,売買契約の目的(買主がどのような目的,用途で不動産を購入するか)や売買契約締結に至った経緯等を明確かつ具体的に記載するということも一考に値するでしょう。
 他方で,不動産の売主の立場からみれば,不動産売買契約書に売買契約の目的や経緯等が詳細に記載されてしまうと,「契約不適合」に該当すると判断されてしまうリスクが高まることになりますので,契約の目的や経緯等の記載の是非及びその内容は慎重に検討すべきです。

⑵ その他のルール(手付,目的物の引渡義務)
ア 手付に関するルールの明文化

 これまでの民法は,手付に関するルールにつき,買主による解除の場合は手付を放棄すること,売主による解除は手付の倍額を償還すること(現行民法557条1項)を条件として,手付解除をできる旨の規定を設けていますが,改正民法は,売主の解除にあたって,手付の倍額の「現実の提供」が必要であるとされています(改正民法557条1項)。
 また,現行民法は,手付解除の要件について,当事者の一方が履行に着手していないこと(現行民法同条2項)を要件としていますが,この「当事者」については,解除の相手方を意味することが明文化されました(改正民法557条1項)。
 いずれも,従来の判例法理を明文化するものであり、実務に大きな影響はないと思われます。

イ 目的物の引渡義務に関するルールの明文化

 これまでの民法では,売主が,目的物の引渡義務を負うということのみが定められていましたが,今回の改正では,目的物を引き渡すだけではなく,対抗要件(不動産の場合は登記)を備えさせる義務を負うことを明文化しています(改正民法560条)。
 この点も,従来の判例法理を明文化するものであり、実務に大きな影響はないと思われます。

⑶ どの時点からの売買契約に改正民法が適用されるか

 改正民法は,公布から3年以内に施行されることになりますが(附則1条),上述した不動産売買に関するルールの変更は,施行日以降に締結された売買契約から適用があるものとされています(附則34条1項)。なお,改正民法の施行日は未定ですが,平成32年4月1日とされる可能性が高いと思われます。

3 不動産賃貸に関する改正
⑴ 敷金に関するルールの明文化
 これまで,敷金に関する基本的なルール(敷金とはどのような性質の金銭か,敷金返還の時期等)については,現行民法には明文が存在しませんでしたが,今回の改正で,敷金に関するルールが明文化されました(改正民法622条の2)。
 今回の改正では,「敷金」は,いかなる名目によるかを問わず,賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で,賃借人が賃貸人に交付する金銭のことをいうもの,と定義されました(改正民法622条の2第1項)。
 そのため,賃貸借契約書に「保証金」と記載されている場合であっても,改正民法における「敷金」に関するルールの適用を受ける可能性がある点に留意する必要があります。
 その余の改正点は,基本的に従前の敷金に関する判例法理を明文化するものであり,実務への影響はあまりないと思われます。
⑵ 原状回復に関するルールの明文化
 不動産の賃貸借の原状回復についても,これまでの民法には具体的なルールは規定されておらず,実務では,判例の定めるルールにしたがっていました。
 居住用建物については,通常損耗(賃借建物の通常の使用に伴い生ずる損耗)は賃貸人の負担とし,特別損耗(賃借人の故意過失による生ずる損耗)は賃借人の負担とするとの最高裁判例(最判平成17年12月16日集民第218号1239頁)が存在し,不動産賃貸実務も,この最高裁判例に沿って運用されています。また,事業用建物についても,若干の見解の対立が存在するものの,基本的にはこの最高裁判例の射程内だとする見解が主流であると思われます。
 今回の改正では,この判例法理が明文化されて,居住用物件と事業用物件とを問わず,原則として,賃借人が原状回復義務を負うものの,その損耗が「通常の使用および収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年劣化」である場合には,賃貸人の負担とすることになりました(改正民法621条)。
 なお,上記最高裁判例は,例外的に,賃借人が通常損耗につき原状回復義務を負うためには,「賃貸借契約書自体に具体的に明記されているか,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識して,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていること」が必要であるとしました。実務的には,不動産会社(賃貸人)が賃借人に通常損耗を負担させようとする場合には,賃貸借契約書にその原状回復の範囲を具体的に明記している例が多く見られますが,今回の改正は,この例外ルールまでを変更しようとするものではないと思われます。
 したがって,不動産会社(賃貸人)としては,明渡しに伴うトラブルのリスクを低減するためにも,通常損耗の原状回復の範囲については,可能な限り明確かつ具体的に賃貸借契約書に記載すべきです。
⑶ 連帯保証条項に極度額の定めが必要となる
 不動産の賃貸借契約にあたって連帯保証人を定める場合,マンションやアパート等の居住用物件の賃貸借では賃借人の親族等,事務所等の事業用物件の賃貸借では法人代表者等とすることが一般的だと思われますが,この連帯保証人に関するルールに大きな変更があります。
 即ち,「個人」(=法人ではないもの)を連帯保証人とする場合には,契約書で極度額(連帯保証人が責任を負う限度額)を定めることが義務付けられました(改正民法465条の2第1項)。この極度額を定めない連帯保証契約は無効とされていまいます(改正民法465条の2第2項)。なお,これは,賃貸借契約に関するだけではなく,連帯保証契約一般に関する改正点です。
 そこで,賃貸借契約書の連帯保証条項には,極度額(例えば,「☆☆万円の範囲内で連帯保証する」といった条項)を設定する必要があります。
なお,この極度額が,当該賃貸借契約の内容(月額賃料等)に比してあまりに高額に設定された場合には,当該条項が公序良俗違反(民法90条)により無効となる可能性があると思われます。
 そこで,賃貸人としては,連帯保証人の極度額をいくらに設定するかを検討する必要がありますが,一般に,事業用物件であれば,連帯保証人は,滞納賃料のみならず,高額の原状回復費用を負担する可能性があります。そこで,当該物件において想定される原状回復の範囲や程度等の事情に照らして極度額を設定すべきですが,想定される原状回復費用を大きく上回るような極度額を設定してしまった場合には,当該連帯保証条項は無効と判断される可能性が高いと思われます。
 他方で,居住用物件であれば,事業用物件に比すればさほどの原状回復費用を要しないと思われます。居住用物件における連帯保証人の極度額の定めは,月額賃料等から想定される滞納賃料及び原状回復費用を踏まえて,合理的な範囲内に設定すべきでしょう。
⑷ どの時点からの賃貸借契約や連帯保証契約に改正民法が適用されるか
 賃貸借に関するルールの変更も,売買契約と同様に,施行日以降に締結された賃貸借契約から適用があるものとされています((附則34条1項)。そのため,しばらくの間は,旧民法の適用を受ける賃貸借契約と改正民法の適用を受ける賃貸借契約が混在することになりますので,新旧いずれの民法の適用を受ける契約であるかどうかを区別して管理する必要があります。
 また,前記3・⑶で述べた連帯保証契約については,施行日までに締結された連帯保証契約については従前のルールに従うことになりますので,施行日までに締結された連帯保証契約には極度額を設定する必要はありません。

以上