弁護士法人 淀屋橋・山上合同

コラム

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シンガポール法

シンガポール国際商事裁判所
設立のための関連法案が可決されたシンガポール国際商事裁判所の概要

【執筆者】大林 良寛

1 シンガポール国際商事裁判所の設立背景

 シンガポールはアジアのハブになるため、様々な政策を打ち出していますが、その一環として、シンガポール国際商事裁判所(Singapore International Commercial Court。以下「SICC」と略します。)を設立するための関連法案が、2014年11月4日に、シンガポールの国会で可決されました。
 シンガポールは、クロスボーダー取引に関する紛争解決の場所として、シンガポールにおける国際仲裁(Singapore International Arbitration Centre(SIAC))の積極的な利用を各国にアピールしており、アジア内の国際仲裁地としては、香港と並んで大きな成功を収めています。
 ただ、国際仲裁は、費用や仲裁人の資質・公平性等に関して問題点も指摘されています。そこで、シンガポールは、さらにアジアのハブの地位を確立することを企図し、国際仲裁の要素と、裁判所の要素を兼ね合わせた、「ハイブリッド」な紛争解決手段としてのSICCの設立計画を推し進めているという背景です。
 以下、SICCの概要について、特に、国際仲裁との違いを意識しながら、説明致します。

2 SICCの特徴
SICCは、シンガポールの高等裁判所(Singapore High Court)の機関として設立されますが、その特徴として、

シンガポールの裁判所の裁判官のみならず、外国の裁判所の裁判官も、SICCの裁判官となることができる、
SICCの判決に対して、シンガポールの上訴裁判所(Court of Appeal)に上訴することができる、
シンガポールの弁護士のみならず、外国の弁護士も、SICCにおける代理人として裁判に関与できる
シンガポールに関連性がないケースについても、SICCが管轄を有しうる

が挙げられます。以下、それぞれ、説明致します。

(1)SICCの裁判官

 SICCでは、SICC Panelと呼ばれる、SICCの裁判官のリストが作成され、裁判所が、その中から、個別のケースの担当裁判官を選任することが予定されています。SICC Panelには、シンガポールの裁判所の裁判官のみならず、Associate Judgeとして、外国の裁判所の裁判官も載ることができます。
 ちなみにですが、最高裁判所(Supreme Court)の裁判官の選任方法は、シンガポールの憲法94条4項に規定されていますが、今般、Associate Judgeを最高裁判所の裁判官として選任するために、同条項に関する憲法改正までされています。
 国際仲裁との比較の視点でいえば、Panelが作成されることは同様ですが、国際仲裁では、個別のケースを担当する仲裁人は、当事者が選任する(又は選任方法を合意する)のに対して、SICCの場合は、裁判所がPanelから選任することが大きな違いといえます。

(2)上訴可能性

 国際仲裁では、仲裁人による仲裁判断には終局性があるため、仲裁判断に対する上訴は許されていません。
 一方、SICCでは、SICCによる判決に対して、シンガポールの上訴裁判所に上訴をすることができます。もっとも、上訴ができるということになると、最終解決まで時間を要しかねないことから、当事者が合意により、上訴ができないとしたり、上訴できる範囲を限定したりすることも可能とされています。

(3)代理人資格

 国際仲裁では、外国人弁護士も、当事者の代理人として国際仲裁に関与することができますが、SICCにおいても、外国人弁護士が、当事者の代理人として訴訟に関与することが許されています。Legal Profession Actでは、シンガポールの裁判所で訴訟代理人になるためには、シンガポールの法曹資格を有していなければならないとされていましたので、SICCの裁判では、外国人弁護士も訴訟代理人となることを許すために、今般、同法が改正されています。

(4)SICCの管轄
SICCが管轄を有するのは、以下の3つです。

当事者が、SICCを利用することについて同意した場合
当事者が、契約書において、同契約に関して生じた国際商事紛争は、SICCを利用して解決することに合意している場合
Chief Justiceが適当と認めて、シンガポールの高等裁判所管轄のケースを、SICCに移送する場合

上記①及び②は、国際仲裁における仲裁条項と同様の考え方で、”international”、”commercial”、”agreement in writing”等の定義については、国際仲裁における議論と同様のものとされています。

3 SICCの問題点―強制執行

 SICCは、国際仲裁と比較して、費用が抑えられ、シンガポールの裁判所・各国の裁判官が関与するため公平・適切な判決が期待される等していますが、そもそも、費用が抑えられるのかについて疑問視されており(一般的に、国際仲裁で最も高いのは、管理費用でも仲裁人報酬でもなく、仲裁代理人報酬であり、SICCにおける裁判でも、訴訟代理人報酬は、仲裁代理人報酬と異ならないと思われます)、その他にもいくつかの問題点(手続に関するルール、証拠法、外国法の証明の要否等)を抱えているといわれています。
 その最大の問題点は、SICCの判決を、シンガポール以外の国で強制執行することができるのかという問題です。国際仲裁の場合は、世界で152か国(2014年11月時点)が加盟しているニューヨーク条約により、仲裁判断を外国において強制執行することが理論上は可能ですが、現時点で、SICCの判決を強制執行することができるのは、英国、マレーシア、インド、香港、オーストラリア等のみで、その他の国では、強制執行するための条約等は存在しません。
 この最大の問題点を解決するために、シンガポール政府は、今後、各国との間で条約(bilateral government agreement)を締結し、SICCの判決を、各国で強制執行することができるようにすることを計画していますが、果たして、本当にそのシンガポール政府の思惑が実現するかについて疑問視する声もあります。この強制執行の問題点が解決されなければ、いくらその他の点でSICCにメリットがあったとしても、クロスボーダー取引の紛争解決手段として、SICCが積極的に利用されることはないと思われます。

4 最後に

 SICCは、関連法案がシンガポールの国会で可決されたのみで、実際の運用はこれからです。SICCが、国際仲裁に代わる紛争解決手段となるのか、今後の動向が注目されるところです。

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