弁護士法人 淀屋橋・山上合同

コラム

コラム

シンガポール法 越境ヘイズ汚染法案の概要

【執筆者】大林 良寛

1. 越境ヘイズ汚染法案の背景

 ヘイズ(煙害)問題は、アセアン諸国(特に、シンガポール、インドネシア、マレーシア)で、長年議論されている問題であるにもかかわらず、改善されるどころか、悪化の一途を辿っているといわれています。ヘイズの主な原因は、インドネシアでの野焼きで、その灰が、風に乗って、隣国のシンガポールやマレーシアに移動し、人々の生活、経済活動に影響を及ぼしているとされています。2002年には、ASEAN越境ヘイズ汚染条約(the ASEAN Agreement on Transboundary Haze Pollution)が批准されています(なお、主な原因国とされているインドネシアは、同条約を批准していません)。
 このような状況下で、2013年5月から6月にかけて、ヘイズの影響による大気汚染指数(PSI)が、シンガポール史上、最悪となったことも契機となり、シンガポール国内で、ヘイズ問題に関する新たな立法の必要性が議論され、2014年8月5日、シンガポールにおけるヘイズ汚染を引き起こす等した者に対する刑事責任及び民事責任を規定した越境ヘイズ汚染法案(the Transboundary Haze Pollution Bill、以下「本法案」といいます。)が、シンガポールの国会で可決されました。
 本法案は、必ずしも日系企業に直接影響を与えるものではありませんが、アジア内で問題視されている国境を越えた環境問題のうちのひとつですので、以下、本法案の概要及び特徴を概観します。

2. 刑事責任

 シンガポールにおけるヘイズ汚染を引き起こす行動又はヘイズ汚染の原因となる行動に関与する等した者は、200万シンガポールドル(本コラム寄稿時点でのレートで約1億6000万円)を超えない罰金を科せられます(本法案5条)。
 本法案がパブリックコンサルテーションに付された時点では、罰金の上限は30万シンガポールドル(約2400万円)とされていましたが、パブリックコンサルテーションにおける意見を踏まえて、約7倍の200万シンガポールドルに引き上げられました。

3. 民事責任

 シンガポールにおけるヘイズ汚染を引き起こす行為又はヘイズ汚染の原因となる行為に関与しないこと等が義務付けられ(本法案6条1項及び2項)、当該義務に違反して、疾病、死亡、財産損害、経済的損害等の結果を引き起こした者は、影響を受けた者に対して民事責任を負うとされています(本法案6条3項)。
 民事責任について特徴的な点は、上記のような原因行為がシンガポール内で行われたか否かにかかわらず、シンガポールの裁判所が管轄を有すると明記されており(本法案6条4項)、国際私法上の管轄の問題に対する手当てがされています。

4. 本法案の問題点及び特徴
(1)域外適用

 ヘイズの主な原因とされる野焼きは、インドネシアの野焼きであるとされているため、本法案が、それらのシンガポール国外の行為に適用されなくては意味がありません。そこで、本法案は、刑事責任、民事責任の両方について、域外適用の可能性を認めています。

(2)立証の困難性

 ヘイズは、野焼きが主な原因とされていますが、そもそも、それだけが原因であることを立証することは容易ではなく、また、特定のどの野焼きが原因でヘイズが生じているかを立証することも容易ではありません。
 この立証の困難性を手当てするため、本法案は、
① 連続24時間内にシンガポールの一部の地域における大気質が一定程度を下回っていること
② それと同時期にシンガポール国外の土地で野焼きが行われていること
③ 衛星映像又は気象データが当該野焼きによる煙がシンガポール方面に移動していることを示していること
が立証されれば、シンガポールにおいて発生しているヘイズ汚染は、当該野焼きに起因するものと推定するとしています(本法案8条)。

(3)実効性の問題(ヘイズ税となりうる可能性)

 上記のような刑事責任及び民事責任が問えるとしても、ヘイズ汚染を引き起こしている原因(主には野焼き)が排除されなければ、ヘイズ問題の抜本的解決にはなりえません。そこで、本法案は、環境保護長官(the Director-General of Environmental Protection)は、ヘイズ汚染を引き起こしている者に対して、その改善を求めることができるとしています(本法案9条)。
 しかし、インドネシアでアブラヤシ栽培林を開発するために大規模な野焼きを行っているとされているオイル製造業者は、それにより莫大な利益を上げているため、環境保護長官からの改善命令には従わずに、罰金を「ヘイズ税」と捉えて、罰金を支払い続けるのではないかという指摘がなされています。このような状況になった場合には、ヘイズ問題を抜本的に解決することにはならず、本法案の目的を達することができなくなってしまうことが危惧されています。

(4)シンガポール国外の情報の取得困難性

 繰り返しになりますが、ヘイズ汚染の主な原因は、シンガポール国外の野焼きであるとされていますが、シンガポール国外の行為に関する情報を取得することが難しく、そのことが、本法案を適用する際の障害となりうるという指摘がなされています。それに対する手当てとして、本法案は、環境保護長官に、シンガポール国内外の者に対して、関連する情報を提供することを求める権限を付与しています(本法案10条)。

5. まとめ

 ヘイズ問題は、シンガポールのみで解決できる問題ではなく、域内の各国が協力しなければ抜本的に解決することはできません。シンガポールの国会が本法案を可決したことについて、インドネシア政府及びインドネシアのオイル製造業者は、好意的に受け止めているとのことですが、実際に、本法案が、ヘイズ問題の解決の一端となるか、今後の動向に注目したいと思います。

  • アクセス
  • メールマガジン
  • コラム
  • 報酬規定
  • Q&A