弁護士法人 淀屋橋・山上合同

コラム

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シンガポール法

シンガポール家族法:離婚手続き

【執筆者】大林 良寛

1 はじめに
(1)渉外離婚の増加

 近年,日本人の国際結婚が増加し,それに伴い,国際離婚も増加の一途を辿っています。また,日本人同士の夫婦が,日本で結婚した後,海外赴任,海外での起業などきっかけとして,海外に移住することも多くなっています。
 国際離婚には,国内離婚とは異なり,国際離婚特有の多くの問題があります。日本人同士の離婚の場合は,国際離婚特有の問題が生じないと誤解されていることがありますが,住所地が外国である場合では,国際離婚特有の問題点が生じえます(そのような場合も含めて「渉外離婚」と呼ばれています)。

(2)渉外離婚特有の問題

 渉外離婚特有の問題としては,①国際裁判管轄(どの国の裁判所が当該離婚事件を扱うことができるか),②準拠法(どの国の法律が適用されるか),③外国判決の承認・執行(ある国の離婚判決が他の国で認められるか),④国境を越えた子どもの連れ去り・面会の問題,⑤在留資格の問題などが挙げられます。
 このうち,④については,日本は,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(いわゆる「ハーグ条約」)への加盟を長年拒否してきましたが,加盟国からの強い批判を受けて,ついに加盟を決め,2014年4月1日に発効したため,今後,日本でも大きな問題になることが予想されます。
 本コラムでは,シンガポール法が準拠法になった場合の離婚に関する諸問題及びハーグ条約について,最新の判例もレビューしながら概観します。

2.シンガポールにおける離婚
(1)裁判所

 シンガポールの女性憲章(The Women’s Charter)93条は,当事者の一方が,①手続開始時点でシンガポールに居住(domicile)している,又は,②手続開始の直近3年間シンガポールに常習的に住んでいた場合は,シンガポールの裁判所で離婚手続きをとることができるとしています。
 このうち,居住(domicile)要件については,①居住の事実及び②永住の意思又は無期限に居住する意思があるか否かが考慮要素であるとされています(Didier Von Daniken v Sanaa Von Daniken Born El Koldaly [2005] SGDC 80)。なお,シンガポールの市民権を有する場合には,居住(domicile)があるとみなされます(女性憲章3条5項)。

(2)協議離婚の可否

 日本では,協議離婚が認められているため,双方が離婚に合意した場合には,離婚届けに署名押印し,管轄の市役所に提出をすれば,離婚が成立します。しかし,シンガポールでは,協議離婚は認められていないため,必ず,裁判所において離婚手続きを取る必要があります。

(3)離婚原因
① 結婚3年未満の離婚

 シンガポールでは,原則として,結婚3年未満の離婚は認められていません(女性憲章94条1項)。①原告が著しく困難に苦しめられている,又は,②被告の著しい悪行が認められるなどの例外的な場合に限って,結婚3年未満の離婚も認められる可能性があります(女性憲章94条2項)。

② 離婚原因

 シンガポールでは,「回復不可能な程度に婚姻が破綻している」場合に限って,離婚が認められています(いわゆる,離婚における「破綻主義」。女性憲章95条1項)。
 具体的には,裁判所は,以下の5つのうち,1つ以上の事情が認められない限り,離婚は認めてはならないとされています(女性憲章95条3項)。

A) 被告が不貞行為に及び,かつ,原告が被告と生活を共にすることが耐え難いと判断するに至っている場合
B) 原告に被告と生活を共にすることを合理的に期待できないような行動を被告が取っている場合
C) 被告が,手続開始前少なくとも2年間,継続的に,原告を遺棄している場合
D) (被告が離婚判決を受けることについて同意している場合)結婚当事者が,手続開始前少なくとも3年間,継続的に,別居している場合
E) (被告が離婚判決を受けることについて同意していない場合)結婚当事者が,手続開始前少なくとも4年間,継続的に,別居している場合

 つまり,被告に不貞行為やDVが存在せず,例えば,性格の不一致などから離婚をしたい場合は,仮に,双方が離婚に同意している場合でも,少なくとも3年間の別居が必要ということになります。なお,別居については,①相手方の同意なしの別居(Kwong Sin Hwa v Lau Lee Yen [1993] 1 SLR 457),②相手方の同意を得た別居,③裁判による別居(女性憲章101条1項)が認められています。

(4)付帯請求
① 付帯請求の種類

 当事者は,離婚の請求に付帯して,①子どもの保護の調整,②子どもの養育費,③夫婦の婚姻期間中の財産及び負債の分割方法,④離婚後の妻に対する生活費,⑤弁護士費用の分担方法に関する請求をすることができます。

② 離婚後の妻に対する生活費の支払い

 シンガポールでは,離婚後も妻に対する生活費の支払義務が認められています(女性憲章113条。なお,日本ではそのような義務は認められていません)。一方で,夫から,妻に対する,離婚後の生活費の支払を請求することは認められていません。
 女性憲章は,離婚時に生じる諸問題から経済的弱者である女性を保護する目的として,1961年に成立した法律です。当時は,女性の社会進出が進んでいなかったことから,女性が男性よりも収入が高いという状況は想定されていませんでした。しかし,現在では,妻が夫よりも収入が高いという状況も容易に想定されることから,この女性憲章は時代遅れの法律ではないかという議論が長年されています。
 この女性憲章に基づいて,仮に,妻の収入が十分であり,夫の経済的援助を必要としないような場合でも,妻からの請求があった場合には,裁判所は,形式的に,夫に対して毎月1シンガポールドルの支払いをするように命じることもありました(例えば,Tan Bee Giok v Loh Kum Yong [1997] 1 SLR 153)。しかし,シンガポールの高等法院が(The High Court),2014年4月17日,近年の女性の社会進出の状況を踏まえて,そのような場合には,離婚後の妻に対する扶養義務は明確に否定されるべきと判示したため(ADB v ADC [2014] SGHC 76),女性憲章の改正の必要性の議論が再燃しています。そもそも,「女性」憲章という名前自体も,時代遅れであるとの批判もあり,女性憲章については,今後の動向を注視する必要があります。

(5)国境を越えた子どもの連れ去り
① ハーグ条約

 ハーグ条約は,親権・監護権を持つ親の元から,一方の親が,国外に子どもを連れ去った場合に,双方の国がハーグ条約締結国であれば,双方の政府を通じて,子どもを奪われた親は,その子どもを自国に奪い返すことができるとういことを主な内容にしています。ハーグ条約は,日本は,従前,加盟を拒否しており,海外で婚姻生活をしていた親が日本に子どもを連れ去った場合,海外に残された一方の親は,何も手出しすることができなかったため,日本は,誘拐国・拉致国と批判されていました。しかし,日本もハーグ条約に加盟し,2014年4月1日から発効しており,また,シンガポールも,2010年12月にハーグ条約に加盟していますので,日本・シンガポール間の子どもの連れ去りについても,ハーグ条約が適用可能となっています。シンガポールに残された親の申立てによって,海外に連れ去れた子どもがシンガポールに戻されたという例が報告されていますので,今後は,日本との関係でも適用例が増加する可能性があると思われます。

② 刑事責任の存否

 一方の親が他方の親の同意を得ずして海外に子どもを連れ去った場合(典型的には自国に子どもを連れて帰る場合),国によっては,誘拐罪となり,刑事責任が問われる可能性があります。しかし,シンガポールでは,一般的な誘拐罪に関する規定は存在するものの,一方の親が海外に子どもを連れ去った場合には適用されないと考えられています[1]。ただし,シンガポールがハーグ条約に加盟したことを受けて,刑事責任を問えるように法改正するべきであるとの意見もあるため,この点については,今後の動向を注視する必要があります。

(6)在留資格

 家族ビザ(Dependent Pass)は,離婚手続きが開始しただけでは無効とはなりませんが,離婚が成立した場合には無効となるため,家族ビザ保有者は,①14日以内に自国に戻る,又は,②職を探した上で就労ビザ(Employment Pass)に切り替える必要があります。

3.実務上の注意点

 上記の諸問題は,シンガポール人と結婚をした日本人だけでなく,シンガポールで居住している日本人同士の夫婦にも生じうる問題であることに注意を要します。渉外離婚は,国内離婚に比べて法的にも多くの問題を含むものですが,子どもがいる場合にはさらに法的問題は複雑になり,また,子どもに対して多大な影響を及ぼすため,慎重な判断が求められるといえます。

[1] Chan Wing Cheong, “The Law in Singapore on Child Abduction”, Singapore Journal of Legal Studies, 2004, page 446~453
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