コラム

国際

シンガポールにおけるハラスメント規制 ~シンガポールで最近可決されたハラスメント保護法案って何?~

【執筆者】大林 良寛

1 シンガポールのハラスメント保護法案の背景及び概観
(1)背景

 2014年3月13日、ハラスメント及び反社会的行為を規制対象とするハラスメント保護法に関する法案(The Protection From Harassment Bill。以下「ハラスメント保護法案」といいます)が、シンガポールの国会で可決されました。
 シンガポールでは、従来、それらの行為に関する規制は、The Miscellaneous Offences (Public Order and Nuisance) Actや、コモンロー(判例法)によりなされていましたが、今般、単一の法律により規制をするために、ハラスメント保護法の作成が進められてきていました(実際に、ハラスメント保護法が制定された場合、The Miscellaneous Offences (Public Order and Nuisance) Actの一部は廃止され、コモンロー(判例法)も適用されないということが明記されています)。

(2)概観

 ハラスメント保護法案は、従来の法制度と比較すると、より広範な行為が規制対象となっており、かつ、迅速・簡易な手続きにより被害者保護を図ることを目的とされています。また、同法案は、職場でのハラスメント等のみならず、学校におけるいじめ等も規制対象となりうるもので、その規制対象は、広範であるといえます。
 今回の法改正は、個人間のトラブルを規制するだけにはとどまらず、シンガポール内の日系企業においても、今回の法改正を踏まえて、より適切なハラスメントに関するポリシーを導入する必要があると思われますので、法案段階ではありますが、以下、その内容を概観します。

2 規制対象行為
(1)’communication’の定義

 ハラスメント保護法案は、規制対象の行為を、’communication’という概念で定義しています。同法案では、’communication’は、「第三者により見聞き、認識することができるいかなる言葉、イメージ、メッセージ、描写、象徴、又は、その他の表現」と定義されています(同法案2条。以下、この概念を「コミュニケーション」といいます)。この概念の具体的な範囲は、今後、判例により特定されていくことが期待されますが、従前の法制度の規制対象よりも広義であり、ハラスメント保護法案に基づく規制対象が広範囲に及ぶと予想されます。

(2)ハラスメント、不安、又は、苦痛を与える行為

 ハラスメント保護法案3条は、故意に、脅迫的、虐待的又は攻撃的な言葉、行動又はコミュニケーションにより、ハラスメント、恐怖、又は、苦痛を与える行為を規制対象としており、これらの行為に及んだ者は、5,000シンガポールドル未満の罰金又は6か月未満の懲役が科せられます。また、これらの行為が故意でない場合も、同保護法案4条により、規制対象となっており、それらの行為に及んだ者は、5,000シンガポールドル未満の罰金が科せられます。

(3)故意により暴力の恐怖を与える行為又は暴力誘発行為

 ハラスメント保護法案5条は、第三者が被害者又は別の者に対して違法な暴力を行使すると信じさせる目的、又は、被害者又は別の者による第三者に対する違法な暴力の行使を誘発させる目的で、被害者に対して、脅迫的、虐待的、又は、攻撃的な言葉、行動、又は、コミュニケーションを取ることを規制対象としており、これらの行為に及んだ者は、5,000シンガポールドル未満の罰金又は6か月未満の懲役又は両方が科せられます。

(4)公務員又は公務に従事する者に対する脅迫、暴言又は侮辱行為

 ハラスメント保護法案6条は、公務員又は公務に従事する者の業務遂行に関連して、それらの者に対し、脅迫、暴言、侮辱、又はそのようなコミュニケーションをすることを規制対象としており、これらの行為に及んだ者は、5,000シンガポールドル未満の罰金又は12か月未満の懲役又は両方が科せられます。
 これらの行為のうち、公務員に対する行為は、The Miscellaneous Offences (Public Order and Nuisance) Actでも規制対象となっていましたが、ハラスメント保護法では、公務に従事する者(例えば、公共交通機関に勤務する者)に対する行為も規制対象に含まれることとなったため、規制対象が広くなったといえます。

(5)ストーキング行為

 ハラスメント保護法案7条は、新たに、ストーキング行為を規制対象に加えました。
 同法案では、ストーキングに関連する作為又は不作為により、第三者に対して、ハラスメント、不安、又は、苦痛を与える一連の行動を規制対象としており、加害者が、故意を有するか、又は、自身の行為が、被害者に対して、ハラスメント、不安又は苦痛を与える可能性があるということを認識又は合理的に認識するべき場合とされています。これらの行為に及んだ者は、5,000シンガポールドル未満の罰金又は12か月未満の懲役又は両方が科せられます。
 同条では、ストーキング行為の具体例や、ストーキング行為と判断するための具体的な要素(期間、頻度等)が列挙されています。

3 被害回復手段

 ハラスメント保護法案は、被害回復手段として、上記の刑事罰の他に、迅速・簡易な手続きを規定しています。例えば、同法案12条に基づき、被害者は、地方法廷に、加害者に対する上記の規制対象行為の中止命令の申立をすることができます。

4 国外の行為への適用可能性

 ハラスメント保護法案17条では、シンガポール内の被害者との間で十分な結びつきが認められれば、シンガポール国外のハラスメント行為についても規制対象となりうるとしています。同法案の規制対象が、シンガポール国内にとどまらず、国外にも広がる可能性があることも留意する必要があります。

5 まとめ

 ハラスメント保護法案については、その実効性確保手段が十分でない等の批判がなされていますが、従来、統一的な法規制が存在しなかった分野に、積極的な法規制がなされるものであり、今後、具体的な適用状況、又、法改正の動き(シンガポールの法務大臣は、今回の法案は、ハラスメントの悪化を防ぐファーストステップになると述べており、今後、さらに法改正が重ねられることが予想されます)を注視する必要があると思われます。