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シンガポール法 ~シンガポール法って何?~

【執筆者】大林 良寛

1 はじめに

「シンガポール」、「法律」と聞けば、チューインガム持ち込んだら罰金、地下鉄でドリアン持ち込んだら罰金等、罰金王国というイメージがありますが(シンガポールは、しばしば、”Fine Country”(=「良い国」又は「罰金の国」)と揶揄されます)、実際は、シンガポール法とは、どのようなものなので、どのような歴史があるのでしょうか。

2 イギリスによる植民地時代

 シンガポールに限らず、東南アジア諸国の法律を語る際には、その国の歴史、特に、植民地時代の影響を無視することはできません。
 近代シンガポールは、1819年に、東インド会社によって創設され、1867年に、イギリスの植民地となりました。1826年、イギリス国王により発布された、第二司法憲章(The Second Charter of Justice)により、シンガポールは、理論上は、独自の権限により、法律を適用することが認められ、イギリス法は、選択によって適用されることとなりました。しかし、実際には、シンガポールは、植民地支配におかれていたことから、第二司法憲章後も、ほとんど自動的に、イギリスのコモンロー(判例法)が適用され続けていました。制定法についても、商事法に関しては、1878年に規定された、民事法5条(section 5 of the Civil Law Act)により、イギリスの制定法の多くが、シンガポールにも適用されるとされていました。
 このように、シンガポールの法律の歴史は、イギリスの法律に大きな影響を受けながら、スタートを切りました。

3 イギリスからの独立、マレーシア連邦への参加

 その後、シンガポールは、1963年に、イギリスから独立し、マレーシアと共に、マレーシア連邦に参加しました。しかし、わずか2年後の、1965年に、マレーシア連邦から離脱し、完全な独立国家となりました。シンガポール人は、この独立を、”kick off”という表現を使って説明することがあります。シンガポールは、自発的に、マレーシア連邦から独立したというよりも、マレーシア連邦から、”kicked off”された(蹴りだされた)と受け止めているシンガポール人が多く(その背景には、マレー系が多いマレーシアと、中華系が多いシンガポールの人種的な軋轢があったと言われています)、独立宣言において、初代首相のリークアンユーが、涙を流しながらスピーチをしたのは有名です(後にも先にも、リークアンユーが公で涙を流したのは、この時しかありません)。
 しかし、シンガポールがマレーシア連邦に参加していたわずか2年間でも、いくつかのマレーシア法が、シンガポールにも適用されることとなったため、現在でも、一部のマレーシア法が、シンガポールにも適用されています。

4 植民地時代の遺産からの独り立ち

 シンガポールは、1990年代から、植民地時代の遺産からの独り立ちを進めました。
 その過程で最も重要なのは、1993年に制定された、イギリス法適用法(The Application of English Law Act)です。コモンローに関しては、同法により、同法施行前のイギリスのコモンローは、シンガポール独自の状況を考慮して修正されうるという条件付きで、引き続き、シンガポールの裁判所を拘束する(binding)するものの、同法施行後のイギリスのコモンローは、シンガポールの裁判所を拘束するものではないことが明確にされました。また、イギリス制定法に関しても、同法により、同法の別表1に記載されているイギリス制定法(おもに民事に関する制定法)が、シンガポール制定法となり、それ以外のイギリス制定法は、シンガポール法にならないことが明確にされました。
 もっとも、同法制定後のイギリスのコモンローは、イギリス法適用法によりシンガポールの裁判所を拘束するものではないとされたものの、シンガポールの裁判所は、イギリスのコモンローを、説得力のあるもの(persuasive)と扱っており、同法制定後も、なお、イギリスのコモンローの影響力は残っていると言えます。

5 まとめ

 このように、シンガポールの歴史は、イギリス法からスタートし、1990年代以降は、独自の発展を進めていますが、今、なお、イギリス法に、大きく依存していると言えます。実際に、シンガポール法関連の本に引用されている判例の多くはイギリスの判例で、シンガポール国立大学の契約法の授業で扱われている判例の8割はイギリスの判例です。
 また、シンガポールの裁判所は、イギリスのコモンローのみならず、同じ、英米法である、マレーシアやオーストラリアのコモンローも、説得力のあるもの(persuasive)として、判決の中でも、しばしば参照されます。
 冒頭に述べました罰金に関する法律は、シンガポール独自の法律ですが、シンガポールにおける具体的な案件に適用される法律(コモンロー及び制定法)を検討するためには、シンガポール独自の法律のみならず、イギリス、マレーシア、オーストラリア等の法律にも範囲を広げて検討しなければならない場合があることに留意する必要があると言えます。