コラム
2020年01月16日
平成最後の刑事訴訟法改正のポイント
【執筆者】石谷 健
1 はじめに
2016年(平成28年)5月24日に,「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」(平成28年法律第54号。以下「本改正法」といいます。)が成立しました。2017年(平成29年)6月16日に成立した「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号(※))による形式的な改正を除けば,本改正法によるものが平成最後の刑事訴訟法改正だと言うことができます。
本改正法は,“時代に即した新たな刑事司法制度の構築”のスローガンのもと,証拠収集手段の適正化・多様化,充実した公判審理の実現を目指して,諸制度を一体として整備したものです。本改正法の施行時期は4段階に分けられていたところ,最終段階である2019年(令和元年)6月1日の到来をもって,その全ての改正内容が施行されました。
令和の時代における刑事手続を正しく理解するためにも,本コラムで本改正法のポイントを再確認しておきたいと思います。
2 主要なポイント
⑴ 被疑者国選弁護人が付される対象の拡充
本改正法により,刑事訴訟法第37条の2本文が,
被疑者に対して勾留状が発せられている場合において、被疑者が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判官は、その請求により、被疑者のため弁護人を付さなければならない。
との規定になり,同第37条の4本文が,
裁判官は、被疑者に対して勾留状が発せられ、かつ、これに弁護人がない場合において、精神上の障害その他の事由により弁護人を必要とするかどうかを判断することが困難である疑いがある被疑者について必要があると認めるときは、職権で弁護人を付することができる。
との規定になりました。
これは,本改正法の成立前の刑事訴訟法(以下「旧法」といいます。)第37条の2及び同第37条の4に存在していた「死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件について」との要件を撤廃し,被疑者国選弁護人が付され得る対象を,勾留状が発付されている全ての被疑者についてまで拡充したものです。
⑵ 協議・合意制度の新設
本改正法により,刑事訴訟法第350条の2ないし第350条の15において,協議・合意制度が新設されました。同制度は,“日本版司法取引制度”とも呼ばれています。
同制度により,検察官が,一定の場合に,被疑者又は被告人との間で,当該被疑者又は被告人が他人の刑事事件について真実の供述や証拠の提出等の協力行為をし,かつ,検察官が当該被疑者又は被告人自身の事件について公訴を提起しないなどの有利な取扱いをすることを内容とする合意をすることが可能となりました。
同制度の適用の要件及び効果については,各条項に詳細に規定されているところ,本改正法の施行後間もなくして,実際に同制度の適用事例も現れていることから,その要件面,効果面での各ポイントを以下に示しておきたいと思います。
(ア) 合意の成立に当たって裁判所の関与がないこと
合意の当事者は検察官と被疑者又は被告人であり(なお,刑事訴訟法第350条の3において,弁護人による同意等の関与が求められています。),その成立に当たって裁判所の関与はありません。
(イ) 適用対象について罪名による限定が存在すること
合意は,被疑者又は被告人が協力行為をする他人の刑事事件,当該被疑者又は被告人自身の事件の双方が,「特定犯罪」に該当する場合に可能となります。
ここにいう「特定犯罪」は,刑事訴訟法第350条の2第2項に列挙されており,大まかに財政経済犯罪と薬物銃器犯罪に分けられます。殺人,傷害等の生命,身体に対する罪,死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪等は,重大な法益侵害を内容とする事件や被害感情の強い事件を合意の対象とすることが相当でないとの考慮から,「特定犯罪」に含まれていません。
(ア) 検察官が合意に違反した場合
検察官が合意に違反した場合には,被疑者又は被告人が協議においてした供述及び当該合意に基づいてした行為により得られた証拠は,原則として証拠能力を有しません(刑事訴訟法第350条の14)。
また,検察官が合意に反して公訴を提起した場合には,当該公訴は判決により棄却されます(同第350条の13第1項)。
(イ) 被疑者又は被告人が合意に違反した場合
被疑者又は被告人が合意に違反して虚偽の供述をし又は偽造若しくは変造の証拠を提出した場合には,本改正法により新設された刑事訴訟法第350条の15のいわゆる虚偽供述等罪又は刑法第169条の偽証罪に問われます。
(ウ) 合意不成立の場合における協議中に顕れた供述の証拠禁止
被疑者又は被告人が協議においてした供述は,合意が成立しなかった場合には,証拠能力を有しません(刑事訴訟法第350条の5第2項)。
なお,この協議・合意制度については,共犯者による引込み供述を誘発し,誤判のおそれを生じさせる危険があるため,標的になる被告人(「他人の刑事事件」と言うときの当該「他人」)の弁護人としては,誤判の危険を意識して弁護活動を行う必要があることが指摘されています。
⑶ 刑事免責制度の新設
本改正法により,刑事訴訟法第157条の2として,
1 検察官は、証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項についての尋問を予定している場合であつて、当該事項についての証言の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状その他の事情を考慮し、必要と認めるときは、あらかじめ、裁判所に対し、当該証人尋問を次に掲げる条件により行うことを請求することができる。一 尋問に応じてした供述及びこれに基づいて得られた証拠は、証人が当該証人尋問においてした行為が第百六十一条又は刑法第百六十九条の罪に当たる場合に当該行為に係るこれらの罪に係る事件において用いるときを除き、証人の刑事事件において、これらを証人に不利益な証拠とすることができないこと。二 第百四十六条の規定にかかわらず、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができないこと。2 裁判所は、前項の請求を受けたときは、その証人に尋問すべき事項に証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項が含まれないと明らかに認められる場合を除き、当該証人尋問を同項各号に掲げる条件により行う旨の決定をするものとする。
との規定が新設され,同第157条の3として,
1 検察官は、証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項について証言を拒んだと認める場合であつて、当該事項についての証言の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状その他の事情を考慮し、必要と認めるときは、裁判所に対し、それ以後の当該証人尋問を前条第一項各号に掲げる条件により行うことを請求することができる。2 裁判所は、前項の請求を受けたときは、その証人が証言を拒んでいないと認められる場合又はその証人に尋問すべき事項に証人が刑事訴追を受け、若しくは有罪判決を受けるおそれのある事項が含まれないと明らかに認められる場合を除き、それ以後の当該証人尋問を前条第一項各号に掲げる条件により行う旨の決定をするものとする。
との規定が新設されました。
これらは,証人が有している自己負罪拒否特権(刑事訴訟法第146条)を失わせて証言を強制すること,そして,(当該証人尋問における行為が同第161条のいわゆる宣誓証言拒否罪又は刑法第169条の偽証罪に当たる場合に当該行為・当該罪に係る事件において用いるときを除き)それによって得られた証言や証言によって得られた派生的証拠を当該証人自身の刑事事件において証拠とすることができないことを旨とする,いわゆる刑事免責制度です。
この刑事免責制度は,供述証拠を得る手段であるという点では前記⑵の協議・合意制度と共通している一方,適用対象について罪名による限定が存在しない点,合意によることを前提としていない点では同制度と異なっています。
⑷ 一定の事件における被疑者取調べの録音録画の法制化
本改正法により,刑事訴訟法第301条の2として,
1 次に掲げる事件については、検察官は、第三百二十二条第一項の規定により証拠とすることができる書面であつて、当該事件についての第百九十八条第一項の規定による取調べ(逮捕又は勾留されている被疑者の取調べに限る。第三項において同じ。)又は第二百三条第一項、第二百四条第一項若しくは第二百五条第一項(第二百十一条及び第二百十六条においてこれらの規定を準用する場合を含む。第三項において同じ。)の弁解の機会に際して作成され、かつ、被告人に不利益な事実の承認を内容とするものの取調べを請求した場合において、被告人又は弁護人が、その取調べの請求に関し、その承認が任意にされたものでない疑いがあることを理由として異議を述べたときは、その承認が任意にされたものであることを証明するため、当該書面が作成された取調べ又は弁解の機会の開始から終了に至るまでの間における被告人の供述及びその状況を第四項の規定により記録した記録媒体の取調べを請求しなければならない。ただし、同項各号のいずれかに該当することにより同項の規定による記録が行われなかつたことその他やむを得ない事情によつて当該記録媒体が存在しないときは、この限りでない。一 死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件二 短期一年以上の有期の懲役又は禁錮に当たる罪であつて故意の犯罪行為により被害者を死亡させたものに係る事件三 司法警察員が送致し又は送付した事件以外の事件(前二号に掲げるものを除く。)2 検察官が前項の規定に違反して同項に規定する記録媒体の取調べを請求しないときは、裁判所は、決定で、同項に規定する書面の取調べの請求を却下しなければならない。3 前二項の規定は、第一項各号に掲げる事件について、第三百二十四条第一項において準用する第三百二十二条第一項の規定により証拠とすることができる被告人以外の者の供述であつて、当該事件についての第百九十八条第一項の規定による取調べ又は第二百三条第一項、第二百四条第一項若しくは第二百五条第一項の弁解の機会に際してされた被告人の供述(被告人に不利益な事実の承認を内容とするものに限る。)をその内容とするものを証拠とすることに関し、被告人又は弁護人が、その承認が任意にされたものでない疑いがあることを理由として異議を述べた場合にこれを準用する。4 検察官又は検察事務官は、第一項各号に掲げる事件(同項第三号に掲げる事件のうち、関連する事件が送致され又は送付されているものであつて、司法警察員が現に捜査していることその他の事情に照らして司法警察員が送致し又は送付することが見込まれるものを除く。)について、逮捕若しくは勾留されている被疑者を第百九十八条第一項の規定により取り調べるとき又は被疑者に対し第二百四条第一項若しくは第二百五条第一項(第二百十一条及び第二百十六条においてこれらの規定を準用する場合を含む。)の規定により弁解の機会を与えるときは、次の各号のいずれかに該当する場合を除き、被疑者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録媒体に記録しておかなければならない。司法警察職員が、第一項第一号又は第二号に掲げる事件について、逮捕若しくは勾留されている被疑者を第百九十八条第一項の規定により取り調べるとき又は被疑者に対し第二百三条第一項(第二百十一条及び第二百十六条において準用する場合を含む。)の規定により弁解の機会を与えるときも、同様とする。一 記録に必要な機器の故障その他のやむを得ない事情により、記録をすることができないとき。二 被疑者が記録を拒んだことその他の被疑者の言動により、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき。三 当該事件が暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(平成三年法律第七十七号)第三条の規定により都道府県公安委員会の指定を受けた暴力団の構成員による犯罪に係るものであると認めるとき。四 前二号に掲げるもののほか、犯罪の性質、関係者の言動、被疑者がその構成員である団体の性格その他の事情に照らし、被疑者の供述及びその状況が明らかにされた場合には被疑者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあることにより、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき。
との規定が新設されました。
これは,裁判員裁判対象事件及び検察独自捜査事件を対象として,被疑者取調べの録音録画を法制化すること(同条第4項)と併せ,検察官が被告人の不利益供述が記載されている書面等の任意性立証に当たり録音録画の記録媒体を証拠調べ請求しなければならないこと(同条第1項),かかる証拠調べ請求がなされない場合には裁判所が当該書面の証拠調べ請求を却下しなければならないこと(同条第2項)等を内容とする規定です。
3 その他の改正内容の概要
以上に述べてきたもののほか,本改正法は以下のような各種改正を含んでいます。
紙幅の都合上,以下では詳細な説明は割愛し,各改正内容の概要を示すにとどめたいと思います(無論,これらの改正の重要性を否定する趣旨ではありません。)。
⑴ 弁護人選任権の教示
刑事訴訟法第76条,第77条において規定されている弁護人選任権の告知ないし教示について,旧法では単に「弁護人の選任を請求することができる旨を告げなければならない」とされていましたが,本改正法により,「弁護士,弁護士法人又は弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることができる旨及びその申出先を教示しなければならない」とされました。
⑵ 裁量保釈の考慮事情の明文化
刑事訴訟法第90条の定める裁量保釈について,「保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し」との考慮事情が明文化されました。
⑶ 公判前整理手続等に関する改正
公判前整理手続請求権(刑事訴訟法第316条の2第1項)及び期日間整理手続請求権(同316条の28第1項)の法定,類型証拠開示の対象拡大(同316条の15第1項第9号,同条第2項),証拠一覧表の交付義務(同316条の14第2項)の法定等を内容とする改正です。
⑷ 証人を勾引するための要件の緩和
刑事訴訟法第152条において規定されている証人の勾引を,召喚に応じないおそれがある場合にも可能とする改正であり,当該証人が召喚に応じず不出頭となった事実を必要としていた旧法と比べて,その要件が緩和されました。
⑸ ビデオリンク方式による証人尋問の拡充
一定の要件のもとで,裁判所と同一構内以外の場所におけるビデオリンク方式による証人尋問を行えるようになりました(刑事訴訟法第157条の6第2項)。
⑹ 証人等の特定事項の秘匿等に関する改正
検察官による証人等の氏名等の開示制限(刑事訴訟法第299条の4),公開の法廷における証人等の氏名等の秘匿措置(同第299条の5,同299条の6)の法定等を内容とする改正です。
※本当の意味での平成最後の刑事訴訟法改正をもたらした「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号)の内容については,以下のコラムもご覧ください。
中尾巧「刑法から強姦罪が消えた?」
https://www.yglpc.com/column/201711_987/