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通信傍受

【執筆者】中尾 巧

 我が国では、犯罪捜査のために裁判官の発する傍受令状により、通信当事者のいずれの同意を得ることなく特定の犯罪に関連する通信(電話、FAX、電子メール等)の傍受を行うことができる。このことは余り知られていないが、毎年、政府は通信傍受の実施状況等について国会に報告し、併せてこれを公表している。

通信傍受法の制定等

 「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」(以下「通信傍受法」という)が通信傍受に関する法律である。平成11年8月12日に成立し、翌12年8月15日に施行された。
 通信傍受法と同時に「刑事訴訟法の一部を改正する法律」が成立し、これに「通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制処分については、別の法律で定めるところによる。」との規定(刑事訴訟法第222条の2)が新設された。この規定により、通信傍受法に「裁判官の発する傍受令状により特定の通信を傍受できる」旨の規定(第3条)が置かれたのである。
 通信傍受法の立法の趣旨や目的については、関口新太郎「通信傍受実施上の留意点」(『警察基本判例・実務200』所収292頁)に詳しい。
 要するに、当時、薬物・銃器犯罪、暴力団犯罪の深刻化、組織的な集団密航事件の発生など、犯罪組織による重大犯罪が社会の重大な脅威となっていた。これら組織犯罪では、入念に犯行を準備し、犯行後も証拠隠滅工作が行うのが実態だ。そのため首謀者をはじめ共犯者を特定することは困難を極めていた。その一方で、犯人らの間で携帯電話等の通信手段を用いて相互に指示・連絡が行われることが多かった。これらの通信について通信の秘密を不当に侵害することなく傍受できれば、事案の真相を解明することに資すると考えられたからである。
 通信傍受の対象となる犯罪は特定されている。
 当初、①薬物関連犯罪、②銃器関連犯罪、③集団密航に関する罪、④組織的な殺人の罪の4類型に限定されていたが、平成28年5月の通信傍受法の一部改正で(施行日は同年12月1日)対象犯罪が拡大され、組織性のある①爆発物の使用、②現住建造物放火、③殺人、④傷害・傷害致死、⑤逮捕監禁、⑥略取・誘拐、⑦窃盗・強盗・強盗致死傷、⑧詐欺・恐喝、⑨児童ポルノ関係の罪の9類型が追加された。

通信傍受の要件・手続

 通信傍受法では、憲法第21条2項後段で保障する「通信の秘密」を不当に侵害しないために通信傍受の要件や実施手続が詳細に定められている。
 まず、検察官又は司法警察員は、対象犯罪に関連する通信が行われると疑いに足りる状況にあり、かつ、他の方法では、犯人を特定し、犯行状況や内容を明らかにすることが著しく困難なときに、裁判官の発する傍受令状により、その通信を傍受することができるものとされている(第3条第1項)。
 さらに、対象犯罪に応じて、
 ② 対象犯罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由があること(同項第1号)
 ③ 対象犯罪が犯され、かつ、引き続き同様の犯罪が犯されると疑うに足りる十分な理由があること(同項第2号)
 ④ 死刑又は無期若しくは長期2年以上の懲役若しくは禁錮に当たる重大な罪が対象犯罪の準備のためにこれと一体のものとして犯され、かつ、引き続き対象犯罪が犯されると疑うに足りる十分な理由があること(同項第3号)
が必要とされており、いずれの場合も、数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況になければならない。
 また、傍受令状は、検察官(検事総長が指定した検事に限る)又は司法警察員(国家公安委員会又は都道府県公安員会が指定する警視以上の警察官等)が地方裁判所の裁判官に請求しなければならない(第4条第1項)。
 通信傍受ができる期間については10日以内で、延長も可能だが、その場合も10日以内とされ、最大でも最初の10日を含め30日を超えることができない(第7条第1項)。

 通信傍受法施行後10年間における通信傍受の実施状況は別表1*のとおりである(前掲関口論文294頁参照)。
 当初の2年間は通信傍受が実施されず、平成14年に薬物関連犯罪2事件について傍受令状が4件発付され、初めて通信傍受が実施された。
 その後も、令状発付件数は、年間10件以下で推移し、平成18年に薬物関連犯罪9事件について21件、平成20年に薬物関連犯罪等11事件について22件の傍受令状が発付されている。もっとも、逮捕人員数は、平成14年が8人だったものが、平成20年には34人と、確実に増加している。
 このような傍受令状の発付件数について欧米諸国と比較すると、極めて少ない。平成24年当時のデータだが、英国や米国では、年間の傍受令状発付件数は、いずれも約3,400件、ドイツでは約24,000件を数えているという(警察庁Webサイト「特集:変容する捜査環境と警察の取組」参照)。

通信傍受手続の問題点

 我が国で通信傍受の実施件数が少ないのは、当初、通信傍受の対象犯罪が4類型に限定されていたことに加え、通信傍受の実施手続に制約が多いことに一因があったように思われる。
 通信傍受は、通信事業者の施設において事業者の常時立会いの下に、リアルタイムで行う仕組みになっていた。そのため捜査機関、通信事業者双方にとっても大きな負担になっていた。
 まず、通信事業者側は、一定の期間、傍受実施のための設備のある部屋を確保する必要がある上に、傍受に当たり、常時、通信管理者の従業員を立ち会わせなければならなかった。その分従業員の本来の業務に支障が出ていた。
 一方、捜査機関側も、複数の捜査員が通信事業者の施設に出向く必要があり、東京に通信事業者の施設がある場合には、遠隔地にある捜査機関にとっては負担が大きかった。さらに、24時間態勢で傍受を行う必要があっても、立会人の確保が極めて難しく、断念せざるを得ないため、本来通信傍受できたはずの犯罪関連通話を傍受できなかった事例は少なからずあったと推測されている(川出敏裕「通信傍受法の改正について」東京大学法科大学ローレビュー106頁以下参照)。もっとも、主要な先進諸国では立会人なしでの通信傍受が認められている。
 また、傍受できる期間(以下「傍受期間という)に行われた通信について、傍受すべき犯罪関連通信に該当するどうかを判断しなければならない。そのためには該当するかどうか明らかでない通信であっても必要最小限の範囲内で傍受し、その結果、該当性なしと判断すれば、傍受を一旦中断しなければならなかった。いわゆるスポット・モニタリング(断続的に短時間の傍受を繰り返す方法)による傍受が行われていた。このような傍受方法が傍受担当者にとっては精神的な負担はかなりのものになっていたのだ。

新たな通信傍受方法の導入

 我が国の通信傍受の現状や近年の暗号技術等の情報処理技術が著しく進歩していることなどを踏まえ、より効率的・効果的な通信傍受を可能にするため、平成28年5月に通信傍受法の一部が改正され、従来の通信傍受方法に加えて、「一時的保存型傍受」と「特定電子計算機使用型傍受」という新たな傍受方法が導入された。改正法は令和元年6月1日に施行された。

 ① 一時的保存型傍受

 捜査機関が、裁判官の許可を受けて、通信事業者の通信管理者等に命じて、傍受期間に行われる全ての通信について、裁判所から提供された変換符号を用いて原信号を暗号化させて当該暗号化信号を一時的保存をさせる。その後、通信事業者の施設において、通信管理者等に命じてこれを復元させ上、再生して通信を傍受するのである。この場合、従前とおり通信事業者を立ち会わせなければならない。

 ② 特定電子計算機使用型傍受

 捜査機関が、裁判官の許可を受けて、通信事業者の通信管理者等に命じて、傍受期間に行われる全ての通信について、裁判所から提供された変換符号を用いた原信号を暗号化させた上、これを捜査機関の施設に設置された特定電子計算機に伝送させる。この場合、
 a 暗号化信号の受信と同時に、裁判所から提供された対応変換符号を用いて復元し、再生した通信を傍受すること
 b 暗号化信号の受信と同時に、特定電子計算機に一時的保存をし、事後的にこれを復元し、再生して通信を傍受すること
のいずれかの傍受をするのである。
 特定電子計算機使用型傍受においては、機器の技術的措置等から通信事業者の通信管理者等による立会いは不要とされたが、傍受令状は当該通信管理者に示す必要があることは従来と変りはない。
 なお、刑事訴訟法等の一部改正する法律案に対する参議院の付帯決議で、「特定電子計算機を用いる傍受の実施においては通信事業者等の立会いがなくなることから、同時進行的な外形的なチェック機能を働かせるため、通信傍受の対象となっている犯罪の捜査に従事していない検察官または司法警察員を立ち会わせること」とされた。
 これを受け警察では、通信傍受の対象となっている犯罪の捜査に従事していない警部以上の警察官の中から、通信傍受場所において傍受・再生の実施状況についての適正を確保するため、これに当たる「傍受指導官」を設置している(警察庁通信傍受規則第6条参照)。

最近の通信傍受の実施状況

 新しい傍受方法が導入された結果、通信傍受の実施状況にどのような変化が生じたのだろうか。平成28年以降の実施状況は別表2*)のとおりである(法務省ホームページ「通信傍受実施状況等に関する公表」より)。
 通信傍受法制定当初から令状発付件数や逮捕人員数が大幅に増加し、事件の種別も偏りが少なくなっている。令和2年中の傍受令状の発付件数が50件、実施事件数が20事件、逮捕人数が152人と、いずれ前年を大きく上回っている。犯罪捜査のための通信傍受は捜査手法としてほぼ定着しており、今後更に有力な武器として積極的に活用されることが期待される。

別表1 通信傍受の実施状況1

実施事件数 令状発布件数 事件の種別 逮捕人員
平成12年 0
平成13年 0
平成14年 2 4 薬物関連犯罪2事件 8
平成15年 2 4 薬物関連犯罪2事件 18
平成16年 4 5 薬物関連犯罪4事件 17
平成17年 5 10 薬物関連犯罪4事件
組織的殺人・拳銃加重所持1事件
20
平成18年 9 21 薬物関連犯罪9事件 29
平成19年 7 11 薬物関連犯罪7事件 34
平成20年 11 22 薬物関連犯罪8事件
拳銃加重所持2件
組織的殺人・拳銃加重所持1事件
34

別表2 通信傍受の実施状況2

実施事件数 令状発布件数 事件の種別 逮捕人員
平成28年 11 40 組織的殺人1事件
薬物関係犯罪5事件
拳銃加重所持4事件
電子計算機使用詐欺1事件
33
平成29年 13 49 窃盗4事件
詐欺3事件
恐喝2事件
監禁致死1事件
逮捕監禁 1事件
強盗致傷 1事件
拳銃加重所持1事件
61
平成30年 12 46 薬物関連犯罪3事件
詐欺 3事件
詐欺・電子計算機
使用詐欺1事件
薬物関連犯罪3事件 
窃盗1事件
恐喝・恐喝未遂2事件
殺人1事件
拳銃加重所持・殺人1事件
82
平成31年
令和元年
10 31 薬物関連犯罪4事件
窃盗 2事件
窃盗・詐欺 1事件
詐欺 1事件
殺人未遂 1事件
強盗致傷 1事件
48
令和2年 20 50 薬物関連犯罪12事件
窃盗    1事件
詐欺    2事件
恐喝・同未遂1事件
強盗殺人  1事件
強盗・強盗致傷1事件
拳銃加重所持・譲渡2事件
152