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Romag Fasteners, Inc. v. Fossil, Inc.米国連邦最高裁判所判決1 – 商標権侵害を理由に、侵害者に利益の吐き出しを求めるにあたり、主観的要件たるWillfulnessは不要 –

【執筆者】玉置 菜々子

1.はじめに

米国において、商標は、原則として、商業的使用によって発生すると考えられており、コモンロー並びに連邦及び州の制定法によって規律されています。
連邦レベルの商標法としては、Lanham Act2が存在し、商標登録の要件・手続き、審査、不服申立てに関する規定のほか、同法には、商標権侵害(infringement)・希釈化(dilution)への救済措置に関する規定も存在します。
Lanham Actにおける金銭的救済措置として、商標権者は、商標権侵害の場合に、衡平法の原則(principles of equity)に従い、侵害者から利益の吐き出しを求めることができます。この請求にあたっては、有効な商標の存在、商品又はサービスの販売等に関連した商標の商業的使用及び誤認混同の恐れの主張立証に加えて、主観的要件として、Willfulnessの主張立証を要するかについては、連邦高等裁判所間で意見が分かれていました。そのような意見対立に終止符を打ったのが、本年4月23日に下されたRomag Fasteners, Inc. v. Fossil, Inc.(以下「本件事件」)といいます。)米国連邦最高裁判所判決(以下「本件最高裁判決」といいます。)です。

2. 本件事件の概要

(1) Romag Fasteners, Inc.(以下「原告」といいます。)は、マグネットボタンの製造会社であり、マグネットボタンを「ROMAG」の登録商標(以下「本件商標」といいます。)の下で販売していました。

(2) Fossil, Inc.(以下「被告」といいます。)は、服飾雑貨のデザイン・販売会社であり、そのブランド品を自己の販売店やMacy’s等の百貨店を通じて販売していました。被告には、中国に複数の製造委託先が存在し、そのうちの一つがSuperior Leather Limited(以下「中国SL社」といいます。)で、同社が、本件事件の被疑侵害品であるハンドバッグ(以下「本件ハンドバッグ」といいます。)を製造していました。

(3) 原告は、自社のマグネットボタンにかかる特許及び本件商標について、中国のWing Yip Metal Manufactory Accessories Limited(以下「中国WY社」といいます。)へライセンスし、中国WY社おいて、マグネットボタンを製造していました。

(4) 原告と被告は、2002年、被告ブランド品に原告製マグネットボタンを使用する契約を締結しました。被告は、同契約に従って、自社の製造委託先に、中国WY社から原告製マグネットボタンを購入するよう指示していました。そして、中国SL社も、中国WY社を介して、被告ブランド品のために、原告製マグネットボタンを購入していました。なお、本件ハンドバッグに使用された部品についても、被告本人ではなく、中国SL社が調達していました。

(5) 2008年8月以降、中国SL社によるマグネットボタンの購入数量が著しく減少するのと並行して、2010年5月12日、原告代表者は、中国WY社の元従業員から、中国WY社の元従業員らが設立したHechuang Metal Manufactory(以下「中国HMM」といいます。)が、原告に無断で本件商標を使用してマグネットボタンを製造しているという情報を入手しました。同時に、原告代表者は、同元従業員から、模造マグネットボタンを購入している会社を証明する資料として、中国HMMの中国SL社宛インボイスの提供を受けました。さらに、同時期に、原告代表者の妻は、百貨店で購入した被告製品に模造マグネットボタンが使われていると疑ったことから、原告代表者へ報告しましたが、原告代表者は、被告が原告の顧客であったため、これを真に受けませんでした。しかし、同年10月末に、改めて不審感を抱いた原告代表者が、本件ハンドバッグを購入して、機能検査をしたところ、それらに使用されていた本件商標を有するマグネットボタンが模造品であることが判明しました。

(6) その後、原告が、被告に対して、本件ハンドバッグに関して、中止通告書(cease and desist letter)を発し、それを受けた被告が調査したところ、中国SL社が、模造マグネットボタンを使用して、本件ハンドバッグを製造していたことが判明しました。

3. 訴訟の経過

(1) 本件事件において、主たる争点となったのは、商標権侵害3の場合の金銭的救済措置に関するLanham Actの下記下線部の解釈です。
Lanham Act§354
(a) Profits; damages and costs; attorney fees
When a violation of any right of the registrant of a mark registered in the Patent and Trademark Office, a violation under section 1125(a) or (d) of this title, or a willful violation under section 1125(c) of this title, shall have been established in any civil action arising under this chapter, the plaintiff shall be entitled, subject to the provisions of sections 1111 and 1114 of this title, and subject to the principles of equity, to recover (1) defendant’s profits, (2) any damages sustained by the plaintiff, and (3) the costs of the action.(以下省略)

(2) コネチカット州連邦地方裁判所(以下「本件第1審裁判所」といいます。)において、被告は、商標権侵害を理由として被告から利益の吐き出しを求めるには、Willfulnessが必要であるところ、陪審員の事実認定によれば、被告の商標権侵害はWillfulではないため、原告は、商標権侵害を理由として、利益の吐き出しを求めることはできないと主張しました。これに対し、原告は、Lanham Actの改正における文言の変化を重視して、反論しました。すなわち、1999年改正は、商標権希釈化の場合と異なり、商標権侵害の場合の金銭的救済措置について、あえてWillfulの文言を設けておらず、これ即ち、商標権侵害を理由として利益の吐き出しを求めるにあたって、Willfulnessは不要であることを意味していると主張しました。これらの意見を踏まえ、本件第1審裁判所は、結論として、主として、以下の理由から、Willfulnessは必要であると判断しました。①1999年改正は、商標権希釈化の場合の金銭的救済措置について、立法の脱漏を修正するための追記があっただけであり、連邦議会は、この修正によって、§1117(a)のうち、商標権侵害に関する部分につき、Willfulnessが必要であるという従前の法解釈5を変更することを意図していなかった、②従前の法解釈の前提となった商標権侵害の場合の金銭的救済措置に関する法令上の文言は、改正の前後を通じて変更されておらず、究極的には衡平法の原則によるというルールから導かれた従前の法解釈に変更はない、という理由です。そして、連邦高等裁判所も、概ね同様の理由から、第1審の結論を追認しました。

(3) 本件事件の上告を受理した連邦最高裁判所は、1999年改正後のLanham Actの文言を重視し、商標権侵害を理由として被告から利益の吐き出しを求めるにあたり、Willfulnessは不要であると結論づけました。なぜならば、Lanham Actは、主観的要件を要する場合には、それを明記しているところ、商標権侵害を理由とする利益の吐き出しにかかる規定には、商標権希釈化部分と異なり、それが存在しておらず(かつ1999年改正時に、商標権希釈化の場合と同様に、商標権侵害の場合にもWillfulの文言を設けられたにも関わらずこれを設けず6)、また、Lanham Actにおける金銭的救済の究極的なルールである衡平法の原則からも安易に主観的要件を導くことはできないと判断し、連邦高等裁判所へ本件事件を差し戻しました。

4. 本件最高裁判決から想定されること及び少数意見の意義

(1) 本件最高裁判決によって、商標権侵害を理由として、侵害者から利益の吐き出しを求めるにあたり、Willfulnessが不要と判断されたことから、例えば、自社が商標権を有しているロゴと、類似のロゴを使用した競合商品を販売している会社に対して、かかる行為が意図的に行われたものかどうか不明で、以前ならば訴訟提起を躊躇したような場合でも、商標権者は、より積極的に権利行使を行うようになるでしょう。また、Willfulnessが明らかに存在しないような事件でも、主張自体失当とは言えないため、侵害者から利益の吐き出しを認めるかについて事実認定が必要になり、商標権侵害訴訟における審理の長期化を招くでしょう。

(2) もっとも、連邦最高裁判所は、”we do not doubt that a trademark defendant’s mental state is a highly important consideration in determining whether an award of profits is appropriate.”とも述べています。すなわち、連邦最高裁判所は、商標権侵害を理由とした利益の吐き出しを求める上で、要件事実としては、主観的要件を求めないとしても、最終的に、侵害者に利益の吐き出しをさせるか、また、どの程度させるかを判断する上で、主観的要件を考慮する余地を残しました。

(3) さらに、Sotomayor判事が、”district court’s award of profits for innocent or good-faith trademark infringement would not be consonant with the ‘principle of equity’”と意見を述べたことから、侵害者が’innocent’又は’good-faith’の場合には、客観的には商標権侵害が認定できたとしても、金銭的救済としての利益の吐き出しを認めない可能性を残しました。しかし、具体的に、どのような主観(害意なのか、故意なのか等)が、どのように利益の吐き出しの決定・範囲に影響するのかについては、本件最高裁判決では明確にされておらず、これを踏まえた判断の枠組みを採用した事例の集積を待つ必要があります。とはいえ、少なくとも、商標権侵害による訴訟リスクを避けるという意味で、例えば、製造委託契約において、委託先の施設や仕入れ先等を定期的に調査できる権利を設けておくことや、委託先との契約において商標権を含む知的財産権の侵害をしていないことを表明保証させるなど、取引先における知的財産管理を強化する重要性は増したと考えられるでしょう。

本稿は、執筆者独自の調査に基づいて作成されたもので、所属する法律事務所を代表して報告するものではありません。さらに、本稿は法的助言ないし法的サービスとして公表又は提供するものでもありません。また、掲載している裁判例の説明にあたっては、執筆者の解釈を交えているため、判決原文とは完全には一致しません。

1Romag Fasteners, Inc. v. Fossil, Inc., 2020 WL 1942012, at 4*(Apr. 23, 2020).

215 U.S.C.§1051から§1127

315 U.S.C. §1125(a)

415 U.S.C. §1117

5ここでの法解釈とは、コネチカット州連邦地方裁判所を管轄する第2連邦高等裁判所の先例を指します。

6カッコ内については、連邦最高裁判所が意見として述べているものではなく、執筆者による補足です。