コラム

その他

債権法改正により売買取引基本契約書を改訂すべきポイント

【執筆者】金 大燁

1.本コラムの内容

 平成32年4月1日に施行されることが決まった債権法改正により、売買契約に関する規定は大きく改正されました。
 そこで、本コラムでは、基本的な売買契約の取引基本契約書の条項を挙げながら、債権法改正に際する売買取引の基本契約書の改訂ポイントについて、検討したいと思います。

2.売買に関連する主な改正点

 まず、取引基本取引契約書の改訂すべきポイントを検討するに先立って、現行民法第三編「債権」第二章「契約」第三節に規定されている「売買」の規定に関する主な改正点を概観したいと思います。

(1)「瑕疵担保責任」に関する変更

ア 「瑕疵」の用語の廃止

 現行民法上では、売買の目的物に瑕疵(その物が取引上通常有すべき性質を欠いている状態)があり、それが取引上要求される一般的な注意をしても発見できないものである場合に、瑕疵担保責任として、契約をした目的が達せられないときには契約の解除を、契約の解除ができないときには損害賠償の請求ができると定められていました(現行民法570条)。一方、改正法は、「瑕疵」という用語の使用をとりやめ、「契約の内容に適合しないもの」(以下「契約不適合」といいます。)という用語を用いています(改正民法562条)。

イ 履行追完請求権及び代金減額請求権の新設

 また、契約不適合の場合に当事者が求められる請求について、現行民法の瑕疵担保責任が規定していた契約の解除及び損害賠償請求に加えて、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完請求、及び履行の追完がなされない場合の代金の減額請求が新たに規定されました(改正民法562条及び563条)。

ウ 損害賠償請求の要件

 現行民法における瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は、売主の帰責事由を要求しない無過失責任と解されていましたが、契約不適合に基づく損害賠償請求権は、債務不履行に基づく損害賠償請求と同様のものであると整理され(改正民法564条)、契約不適合が債務者の責めに帰さない事由による場合には、損害賠償請求が認められないこととなりました(改正民法415条1項但書)。

エ 契約解除の要件

 現行民法の瑕疵担保責任に基づく契約解除は、上記のとおり「契約をした目的が達せられないとき」に可能でした。改正法では、解除についても、債務不履行に基づく解除と同様のものであると整理され(改正民法564条)、買主は「契約をした目的が達せられない」という事情がなくても、催告のうえで契約を解除することができますが、「債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」には、解除は認められません(改正民法541条)。

オ 担保責任の追及期間

 現行民法では、瑕疵担保責任の追及は、事実を知った時から1年以内に契約の解除又は損害賠償の請求をしなければならないとされていました。これに対し、改正法では、品質又は種類に関しての契約不適合があった場合、買主は、契約不適合を知った時から1年以内に、契約不適合である旨を相手方に通知するものとされ(改正民法566条)、1年以内に買主が行うべき行為が、「契約解除又は損害賠償請求」から「契約不適合である旨の通知」に緩和されました。

カ 商人間売買における目的物の検査・通知義務

 商人間の取引の場合には、買主の検査及び通知義務が規定されており、買主は、目的物の受領後遅滞なく検査を行い、検査により売買の目的物に瑕疵があること又は数量に不足を発見したときは、直ちに(直ちに発見できない瑕疵がある場合は6か月以内発見してから直ちに)売主に対してその旨を通知しなければ、契約の解除又は代金減額若しくは損害賠償の請求ができないと規定されています。(商法526条)。この商法の規定も、民法改正に伴い、「瑕疵」という用語から「契約の内容に適合しない」、「不適合」という用語に改められています(民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」といいます。)第3条)。商人間の売買(会社間の売買は商人間売買に該当します。)には、売買契約で改正商法526条の適用を排除しない限り、上記オの契約不適合を知った時から1年以内という規定は適用されず、商法526条の規定が適用されることとなります。

(2)危険負担に関する変更

 現行民法では、当事者の責めに帰さない事由により契約の目的物が滅失・損傷した場合の危険の負担について、第三編「債権」第二章「契約」第一節「総則」の規定の中で、売主の帰責によらずに目的物(特定物及び不特定物で債権の目的物と確定したもの)が滅失・損傷した場合、その不利益は買主が負担するという、いわゆる債権者主義が採用されていました(現行民法534条)。改正民法では、現行民法534条及びこれに関連する535条を廃止して、売買の規定の中に、新たな規定を新設しました。
 すなわち、目的物が滅失・損傷した場合の危険は、目的物(売買の目的物として特定されたものに限ります。)の引渡しによって売主から買主に移転することが明記され、引渡し後に当事者双方の責めに帰さない事由によって目的物が滅失・損傷した場合、買主は、履行の追完請求、代金減額請求、損害賠償請求及び契約の解除をすることができず、他方、買主は、代金の支払いを拒むことはできないとされています(改正民法567条1項)。また、売主が契約の内容に適合する目的物をもって引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合には、その履行の提供があったとき以降の目的物の滅失・損傷についても、同様とされています(改正民法567条2項)。

3.取引基本契約書の改訂すべき条項

 上記2のような売買に関する規定の改正内容を踏まえて、取引基本契約書の改訂すべきポイントについて検討してみたいと思います。

(1)前文・契約の目的

 取引基本契約書では、通常、契約書の前文や冒頭に、その売買の目的が規定されます。前述のように、瑕疵担保責任の改正において、契約の内容に適合しているか否かが要件として新設され、その他、改正民法の至るところに「契約及び取引上の社会通念に照らし」という用語が用いられるなど、改正民法は、当該契約における当事者の目的を重視するという姿勢を明らかにしています。現行法下での取引基本契約書では「相互の共同の利益増進を図ることを目的として」などという抽象的な目的が規定されている場合も多く見受けられるように思われますが、今後は、契約に至った背景、当該契約により売買される目的物の用途などを含め、当該契約の目的をより明確に定めることが、これらの規定の適用において自社に有利な判断を得るための重要なポイントになるものと思われます。特に、買主の立場からは、売買の目的物が、自身の契約の目的に沿わないことを主張するためにも、契約の目的については詳細に規定をすべき場面が増えるものと思われます。
 また、現行法下では、前述のような抽象的な目的を記載した取引基本契約書の適用を前提に、内容の異なる取引についても、個別の受発注書のみで取引が進められることも多く見受けられます。しかし、契約内容への適合性がより重視される改正民法下の契約においては、受発注書のみでは、契約内容への適合性の判断基準が不明確になり、紛争の種となるおそれがあります。そこで、改正民法下での取引においては、単に受発注書のみにより取引を進めるのではなく、取引の内容と目的ごとに、個別契約書や覚書などを締結して、当該取引の具体的内容や目的物の用途を踏まえた契約目的を定めて明確化しておくことが、取引の予見可能性や紛争の事前予防に資するといえます。

(2)個別契約の成立時期

 取引基本契約書には、通常、個別契約の成立時期や、一定の期間に受注書・請書などによる承諾の意思表示がなされなかった場合に関する定めが置かれます。例えば、「発注に対して1週間以内に請書が送付されない場合には、発注書の内容とおりの個別契約が成立したものとみなす。」などの規定です。
 この点、現行民法では、意思表示は到達したときに効力が生じるという原則(現行民法97条1項)の例外として、隔地者間の申込みに対する承諾の効力は、承諾の意思表示の到達時ではなく、意思表示の発信時に生じるという発信主義が採用されており(現行民法526条1項)、契約に別段の定めがない限り、承諾の意思表示が発せられたときに契約が成立するとされています。一方、改正法では、承諾にかかる発信主義を定めた現行民法526条1項を削除し、承諾についてもその意思表示が到達したときに効力が生じるものとしました(改正民法97条)。
 また、現行法では、承諾期間を定めた申込み(「1週間以内にお返事を下さい。」など)に対する承諾の意思表示が期間経過後に到達した場合であっても、通常の場合には期間内に到達すべき時に発送したものであることを申込者が知ることができるときは、申込者は相手方に対して延着の通知を発しなければならず、この延着の通知を怠った場合は、期間内に承諾の意思表示が到達したものとみなすという承諾の延着に関する規定が置かれていましたが(現行民法522条)、この規定も、今回の改正で削除されました。
 これらの改正を踏まえて、取引基本契約書の個別契約の成立時期に関する規定においては、発注書に対して受注書・請書などによる承諾の意思表示が売主に届いたときに契約が成立するのか、受注書を発送したときに契約が成立するのかを明らかにしておく必要があり、承諾を行う立場の当事者(通常は売主になるかと思います。)からすれば、現行民法のとおり、承諾の意思表示を発信したときに契約が成立する旨の規定を置く方が、自己に有利になることになります。また、契約書においても、改正民法の規定とおりに承諾の意思表示が到達したときに個別契約が成立するとされた場合、承諾が延着する場合に備えて、削除される現行民法522条の規定内容を契約書に盛り込んでおくことが望ましいと思われます。
 なお、承諾期間内に承諾がなかった場合の取扱いについて、改正民法下でも、承諾期間内に承諾がなかった場合には申込みは効力を失う(つまり、契約は成立しない。)という現行民法521条2項の規定と商人間の諾否の通知に関する商法509条の規定1は改正法でも維持されており(改正民法523条2項)、取引基本契約書において特約がない場合に承諾期間内に承諾がないときの取り扱いについては、変更はありません。

(3)検品・検収の規定

ア 履行追完請求との関係

 取引基本契約書では、通常、検品・検収についてのルールを定め、検収に不合格となった場合には、代替品の追完や代金減額についての定めを置きます。
 前述のとおり、改正民法は、売買の目的物が契約に適合しない場合の履行追完請求権を新設し、追完の方法には、目的物の修補、代替品の引渡し、不足分の引渡しの3種類が定められています(改正民法562条1項本文)。一方、改正民法562条1項但書では、買主が履行追完請求をした場合、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができると規定されています。この規定によれば、売主は、買主に不相当な負担を課するものでない限り、例えば、仮に買主が代替品の引渡しを請求しても、売主は、代替津の提供ではなく、目的物の修補によって履行の追完を行うことも可能となります。取引基本契約書においては、買主の立場からは、この改正民法562条1項但書の適用を排除し、買主が指定した方法により追完をする旨を明記しておくことが考えられます。他方、修補と代替物の提供で経済的負担が異なる場合などには、売主の立場から、改正民法562条1項但書の「買主に不相当な負担を課するものでない限り」という要件を排除し、売主の選択によってより経済的負担の少ない履行追完の内容を選択できる旨の規定を定めることが考えられます。
 また、前述のとおり、改正民法により、代金の減額請求の規定も新設されましたが(改正民法563条)、条文上、履行の追完が不可能である場合など改正民法563条2項各号に規定する場合を除いて、買主は、まずは、売主に対して履行の追完の催告をしたうえで、期間内に追完がなされなかったときに初めて代金の減額請求ができることとされています(改正民法563条1項)。買主の立場から、追完の催告をすることなく直ちに代金減額の請求ができるようにしておくためには、改正民法563条1項の定める履行の追完にかかる催告を不要とする旨を、契約書に明記しておく必要があると思われます。

イ 危険負担との関係

 取引基本契約書においては、通常、検品・検収についてのルールを定めたうえで、危険負担の移転時期(目的物の納入時や検収終了時など)について定めを置きます。前述のとおり、改正法では、売主が契約の内容に適合する目的物をもって引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合には、その履行の提供があったとき以降の当事者双方の責めに帰さない目的物の滅失・損傷について、買主は追完請求等を行うことができず、代金の支払義務も免れません(改正民法567条2項)。
 例えば、買主の方が納品された目的物を検収不合格と判断した場合に、買主と売主との間で、目的物の検収の合否について見解が分かれ、協議期間中に、両当事者の帰責によらずに目的物が滅失したとします。この場合、最終的に、売主が提供した目的物が「契約の内容に適合していた」と判断された場合、上記の改正民法567条2項により、危険負担は買主が負担することになります。
 このように、納品された商品が「契約の内容に適合するか否か」により、危険負担の適用の有無が変わってくるため、改正後の取引基本契約では、検収にあたって、どのような場合に契約内容に適合せず不合格となるのかについて、明確に基準を定めておく必要があります。

(4)瑕疵担保責任の規定

ア 改正民法の用語への整理

 前述のとおり、改正民法においては「瑕疵」という用語の使用を廃止し、「契約の内容に適合しない」という表現が用いられています。したがって、既存の取引基本契約の瑕疵担保に関する規定は、用語を改正民法の用語に改める必要があるほか、上記2(1)に記載した改正内容に適合する内容に改訂を行う必要があります。

イ 損害賠償の範囲等に関する検討

 また、現行法下での瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求・解除は、改正民法下では、いずれも、債務不履行に基づく損害賠償請求・解除の規定に従うことになりましたので、既存の取引基本契約書の瑕疵担保責任の損害賠償・解除の規定が、改正後の債務不履行責任の規定との間で齟齬が生じていないか否かも確認する必要があります。特に、これまで、瑕疵担保責任に基づく損賠賠償の範囲は信頼利益(当該契約が有効であると信じたために発生した実費など)の範囲に限られるとする見解が有力でしたが、改正法により一般の債務不履行に基づく損害賠償請求と同様に履行利益(契約が履行されていれば得られたであろう転売利益など)も含まれることとなり、改正前に比べて損害賠償の範囲が広がったといえます。そこで、売主の立場からは、契約不適合責任に基づく損害賠償請求については、改正前の瑕疵担保責任のように、賠償の範囲を信頼利益に限定することを明記するなどの改訂を検討することとなります。
 他方、前述のとおり、無過失責任であった改正前の瑕疵担保責任とは異なり、改正後の契約不適合責任の追及には、売主の帰責事由を要するため、買主の立場からは、契約不適合責任の追及には債務者の帰責事由を不要とする内容の改訂を検討する必要があります。

ウ 商人間の検査・通知義務について

 なお、前述のとおり、商人間の取引には、これまでとおり商法526条が適用されますので、買主の立場からは、売買取引基本契約において商法526条の特則を定めて通知期間を延長しておくなどの対応が必要となる点は、改正前と変わりがありません。

(5)契約解除に関する規定

 改正民法により、現行民法において必要とされていた解除についての債務者の帰責事由は不要とされました。したがって、取引基本契約書において、解除の要件として相手方の帰責事由を要求するような規定ぶりになっている場合、かかる規定は、現行民法下では、民法の規定を確認する意味しか有しませんでしたが、改正民法下では、民法の解除の要件に帰責事由を加重し、契約解除を制限する意味合いを持つことになります。通常の取引基本契約書では、解除事由を列挙したうえで、「この契約の定める条項に違反したとき」などの一般的な条項が規定されますが、例えば、解除事由に「故意過失により違反した場合」など、帰責事由が前提となっている規定がある場合には、帰責事由を前提とする解除事由は削除しておく必要があります。また、「違反」という言葉自体も、帰責事由の存在を前提にしていると解釈される可能性もあるため、「契約に定める義務が履行されない場合」など、帰責事由の存在を前提にしていない表現に改めることが望ましいといえます(他方、契約の拘束性を高めて解除しにくくするためには、解除の要件として帰責事由を明記する必要があります。)。
 また、改正法541条但書により、「債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」は、契約の解除が認められないことが明記されました。どのような事由であれば「軽微であるとき」に該当するかについては、今後の裁判例の集積をみる必要がありますが、解除を広く認める場合には、契約書上、この改正民法541条但書の規定を排除し、軽微か否かを問わず、契約に定める義務に違反があったときには契約を解除できる旨を定める必要があります。

(6)遅延損害金に関する規定

 取引基本契約書では、債務を履行しなかった場合の遅延損害金の割合を定めるのが通常ですが、契約書に定めがない場合には、遅延損害金の割合は、法定利率によるという点は、改正によっても変更はありません。もっとも、法定利率は、現在の5%から3%に変更され、3年に1度見直すとされており(改正民法404条)、現行民法の定める法定利率よりも下がることとなりますので、代金支払債務の債権者である売主の立場からは、法定利率よりも高い遅延損害金の割合を契約書に盛り込む必要性がより高くなったといえます。なお、現行法上、会社同士の契約の場合の法定利率は6%とされていましたが(商法514条)、かかる商事法手利率の規定は今回の改正に合わせて削除され、民事法定利率に統一されています(整備法第3条)。

4.経過規定の適用と既存の取引基本契約書の改訂の要否

 売買に関する規定は、改正民法の施行日以降に締結された売買契約から適用されるものとされていますが(改正民法附則34条1項)、既存の取引基本契約に基づき改正民法施行後に新たに個別契約を締結した場合や、取引基本契約が改正民法施行後に自動更新を迎えた場合に、当該個別契約や取引基本契約には改正民法が適用されるのか、それとも、取引基本契約が改正民法施行前に締結されているという理由で改正前の民法が適用されるのかは、改正民法附則の経過規定の内容のみからは必ずしも明らかではありません。この問題は、実務上非常に大きな問題になり得るところですが、現時点で定説はないようです。あくまで私見ですが、場合を分けて検討してみたいと思います。

ⅰ)取引基本契約が改正民法施行後に合意により更新された場合

 この場合、予測可能性の観点からは、改正法施行後にあえて合意により契約を更新した当事者間の取引基本契約に、新法を適用して問題は生じないでしょうし、改正民法施行後に改めて契約が締結されたと解釈されるため、更新前の取引基本契約書の締結日が改正法施行前であっても、更新後は、改正民法が適用されるものと思われます。このことは、改正附則34条2項が、34条1項の規定に「かかわらず」施行日前に締結された賃貸借契約において、施行日後に「契約の更新に係る合意がされるとき」には、新法が適用されるとして、合意による更新の場合に新法の適用を認めていることとも整合します。

ⅱ)取引基本契約が改正民法施行後に自動更新規定により更新された場合

 他方、自動更新の場合、当事者間に新たな意思表示の合致(新たな契約の締結)がなされているわけではなく、附則34条1項の「施行日前に締結された」という文言、及び附則34条2項が合意更新についてのみ改正民法の適用を明示していることなどの改正附則の規定からしても、改正前の民法が適用されるという考え方が、素直な条文の読み方だと思われます。
 もっとも、経過規定の中には、契約締結を基準としていないものもあり(例えば、相殺の意思表示については、契約の締結日にかかわらず、施行後の意思表示には、改正民法が適用されます(改正附則26条))、自動更新の場合に改正前民法が適用され続けると考えると、同じ取引基本契約書に基づく取引でも、改正前の民法が適用される場面と、改正後の民法が適用される場面が混在する事態となってしまいます。また、自動更新規定があるという理由のみで、改正前民法が未来永劫適用され続けるということの妥当性にも、疑問がないでもありません。
 自動更新とはいえ、多くの取引契約書では「○か月前までに当事者双方から更新しない旨の意思表示がない限り自動更新する」という規定ぶりとなっており、更新拒絶をせずに更新させるという黙示の意思表示(契約の締結)があったと解釈する余地もありますので、このような解釈にたてば、合意更新と同様に改正民法が適用されることになります。当事者としても、自動更新の期限到来の際に既に改正民法が施行されていることを認識しているわけですから、当事者の予測可能性という点からしても、自動更新による更新の場合でも、改正民法の適用を排除する合理的な理由は、ないようにも思われます。
 他方で、自動更新にせよ、合意による更新にせよ、改正前民法を前提とする既存の取引基本契約の内容が改訂されずにそのまま使用された場合(例えば、新法では削除されている「瑕疵担保」という用語が、新法における「契約不適合」に修正されることなくそのまま使用されている場合)、その更新の合意は、新法の任意規定に関するものに限り、新法の適用を前提としつつも、旧法の内容を契約内容とする旨の特約付きの合意であると解釈する余地もあります。

ⅲ)施行日前に締結された取引基本契約に基づき施行日後に個別契約が成立した場合

 さらに、仮に自動更新規定の場合には改正前民法が適用されるという前提に立ったとしても、取引基本契約に基づく個別契約については、新たに意思表示の合致(契約の締結)があることになりますので、基本取引を改正法施行前に締結しているという理由のみで、個別契約にまで改正前民法が適用されるというのには疑問があります。新たに合意をした当事者の予測可能性という観点からも、改正後に締結される個別契約には、売買基本取引契約書に適用される法律にかかわらず、改正後の民法が適用されると解釈される可能性は十分にあろうかと思います。この場合、個別契約に基づく売買契約に新法が適用されるとしても、旧法の内容のままの基本契約書の条項について、やはり全て新法の適用を前提(新法に合うように読み替えて適用)にするのか、それとも、上記のように新法の適用を前提としたうえで旧法の内容の特約があると考えるのか、という問題は残ることになります。

 以上、あくまで私見ですが、合意更新、自動更新、個別契約の場合に分けて検討してみました。契約更新や個別契約について新旧いずれの法律が適用されるのかは、実務に与える影響が極めて大きいにもかかわらず、現在制定されている改正附則の経過規定のみからは、確定的な結論は導くことが困難な状況であり、今後の裁判所の判断の集積を待つほかありません。このように、どのような解釈が適用されるか不明確な状況では、基本契約書による取引の予測可能性は失われ、紛争の事前予防機能という契約書の重要な役割は機能しなくなるといわざるを得ません。既存の取引基本契約の見直しには相当の事務負担が予想されますが、今後の取引の予測可能性を確保し、紛争を事前に防止するという観点からは、やはり、改正法の内容に合わせて既存の基本契約書を改訂するということが必要であるように思われます。

 なお、改正法がどの時点を基準に適用されるかについては、過去のコラム「改正民法の施行時期と経過規定」(https://www.yglpc.com/wp/column/201706_555/)をあわせてご覧ください(なお、コラムの解釈にわたる部分については、それぞれの執筆者の私見であるため、必ずしも統一されていないことを予めご了承ください。)。

1 商人が平常取引をする者からその営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく、契約の申込みに対する諾否の通知を発しなければならならず、その通知を発することを怠ったときは、その商人は、契約の申込みを承諾したものとみなすという内容です。