コラム

国際

シンガポール法:外国判決の承認と執行 ~中国の判決はシンガポールで承認,執行されるのか?~

【執筆者】大林 良寛

1 はじめに
(1)外国判決の承認・執行手続き

 例えば,イギリスの企業が,日本の企業を相手方として,イギリスの裁判所に訴訟を提起し勝訴判決を得たものの,日本の企業が任意に履行せず,かつ,日本の企業の財産のほとんどが日本国内に存在した場合,イギリスの企業はどうしたらよいでしょうか。そのような場合,イギリスの企業は,日本の裁判所において,イギリスの裁判所による判決の執行判決を得ることにより,日本国内で,イギリスの判決を執行することができます。これを,外国判決の承認・執行(recognition and enforcement of foreign judgments)と呼びます。

(2)シンガポールにおける外国判決の承認・執行手続き

 日本における承認・執行手続きは,それぞれ,民事訴訟法108条及び民事執行法22条に規定されていますが,シンガポールにおける外国判決の承認・執行はどのようになっているのでしょうか。
 2014年1月28日に,シンガポールの高等法院(the High Court)は,中華人民共和国(以下「中国」といいます。)の蘇州中級人民法院による判決がシンガポールで承認・執行可能かという点について判断を下しました(Giant Light Metal Technology (Kunshan) Co Ltd v Aksa Far East Pte Ltd [2014] SGHC 16。以下「Giant Light Metal Technologyケース」と言います。)。
 外国判決が承認・執行されるかどうかは,契約書のドラフト・交渉をする際の紛争解決条項の判断について重要な考慮要素ですので,以下,シンガポールにおける外国判決の承認・執行手続きについて概観した上で,Giant Light Metal Technologyケースをレビューします。

2 シンガポールにおける外国判決の承認・執行手続きの概要
(1)法源

シンガポールにおける外国判決の承認・執行手続きは,大きく分けると,法令によるルートと,コモンロー(判例法)によるルートに分類されます。

(2)法令ルート
ア.2つの法令の存在

 シンガポールには,外国判決の執行手続きに関する法令として,The Reciprocal Enforcement of Commonwealth Judgments Act [1](コモンウェルス判決相互執行法。以下「RECJA」といいます。)及びThe Reciprocal Enforcement of Foreign Judgments Act [2](外国判決相互執行法。以下「REFJA」といいます。)が存在します。

イ.RECJA

 RECJAは,イギリスをはじめとするコモンウェルスの国(具体的には,オーストラリア,ニュージーランド,インド,マレーシア,パキスタン,ブルネイ,スリランカ,パプアニューギニアなどの国)の上級裁判所の判決の登録及び承認・執行手続きについて規定をしています。
 RECJAは,これらの国の上級裁判所の判決のみを適用対象にしていますので,下級裁判所の判決は適用対象になりません。もっとも,下級裁判所の判決も,下記のコモンロールートにより承認・執行される可能性はあります。また,RECJAは,民事訴訟手続きによる確定的な金銭的支払義務のみを適用対象としていますので,それ以外の判決,例えば特定履行は適用対象外です。
 上記の国で判決を得た場合は,RECJAに基づき,シンガポールの裁判所で登録を受けることができ,シンガポールの判決と同様にシンガポール国内で執行することができます。当該登録は,判決日から12か月以内に申請する必要がありますので注意を要します(当該期間は,シンガポールの裁判所により延長が許される場合もあります。)。

ウ.REFJA

 REFJAも,RECJAと同様の手続きを規定するもので,RECJAで適用対象となっているコモンウェルスの国以外の国における判決が適用対象となっています。REFJAの適用対象となるためには,その旨,官報で公示される必要がありますが,現時点で,REFJAの適用対象となるのは,中華人民共和国香港特別行政区(いわゆる香港)のみです。
 REFJAは,RECJAと異なり民事手続きに限らず刑事手続による確定的な金銭支払義務も対象となっている点や,判決日から6年以内に登録申請する必要がある点などが特徴的であるといえます。

(3)コモンロールート

 RECJA及びREFJAの適用対象外の外国判決(例えば,アメリカ,中国,韓国,日本など)は,コモンローによって承認・執行手続きを経る必要があります。
 シンガポールにおいて,コモンローによって承認を受けるためには,以下の要件を充足する必要があるとされています。

外国判決が終局的かつ確定判決であること

外国判決を言い渡した裁判所が国際裁判管轄(international jurisdiction)を有し[3],かつ,自国の法律の下で裁判管轄を有すること

外国判決の承認につき抗弁(defense)が存在しないこと

 抗弁の例としては,外国判決が原告の詐欺によって得られた場合(Hong Pian Tee v Les Placements Germain Gauthier Inc [2002] 2 SLR 81),公の秩序(public policy)に反する場合(Liao Eng Kiat v Burswood Nominee Ltd [2004] 4 SLR 690,Poh Soon Kiat v Desert Palace Inc [2010] 1 SLR 1129)が考えられます。
 また,シンガポールにおいて,コモンローによって執行を受けるためには,確定的な金銭的支払義務である必要があります。

3 Giant Light Metal Technologyケース
(1)事実

 Giant Light Metal Technologyケースの事実の概要は以下のとおりです。

原告(中国企業)と被告(シンガポール企業)は,発電機の供給に関する契約を締結した
原告は,2005年,当該契約の紛争に関して,蘇州中級人民法院に訴訟提起したものの,訴訟外の交渉により,当該訴訟を取り下げた
しかし,訴訟外の交渉が決裂したことから,原告は,2008年,再度,蘇州中級人民法院に訴訟提起した
蘇州中級人民法院は,①原告は被告に発電機を返還すること,②被告は原告にUS$190,000を返還し,7,088人民元の損害を賠償することを命ずる判決を言い渡したが(以下「本件外国判決」といいます。),被告は,この判決に従わなかった
そこで,原告はシンガポールの裁判所に当該外国判決の承認・執行を求めて訴訟提起した
なお,被告は,2005年の訴訟の訴訟手続きには参加したが,2008年の訴訟は,「被告が訴訟を無視すれば,そのような状況下で得られた判決はシンガポールでは執行されない」という弁護士からのアドバイスに基づき,訴訟手続きを無視し参加しなかった
(2)高等法院による判断
ア.承認の可否:蘇州中級人民法院の国際裁判管轄権の有無

 本件では,被告はシンガポール企業であり,2005年の訴訟の訴訟手続きには参加したものの,2008年の訴訟は無視し訴訟手続きに参加していなかったため,当該外国判決を下した蘇州中級人民法院が国際裁判管轄権を有していたか否かが争点となりました。
 高等法院は,以下のとおり判断して,蘇州中級人民法院の国際裁判管轄権を認め,本件外国判決を承認しました。

国際裁判管轄権の有無の判断は,シンガポールの国際私法に基づいて判断されるべきである
中国法上,技術的には,2005年の裁判手続きと,2008年の裁判手続きは別の手続きである
しかし,以下の点を考慮すると,被告の2005年の裁判における蘇州中級人民法院の管轄に対する同意は,2008年の裁判においても被告に帰属させるべきである
A) 2005年の裁判を取り下げて訴訟外で和解交渉をすることにつき被告が同意していたこと
B) 2008年の裁判は,2005年の裁判と,当事者も裁判所も紛争の対象も同一であること
C) もし,2005年の裁判が取り下げられていなければ,被告が蘇州中級人民法院の管轄を受け入れていたことについて争いはなかったこと
イ.執行の可否:確定的な金銭支払義務か否か

 執行の可否については,本件外国判決は,被告の金銭支払義務だけではなく,原告が被告に対して発電機を返還することも含まれていたため,本件外国判決が,執行可能な確定的な金銭支払義務を命ずる判決か否かが争点となりました。
 しかし,高等法院は,本件外国判決の紛争の性質を分析した上で,以下のとおり判断して,本件外国判決の執行を認めました。

原告が,本件外国判決により求められているのは,被告が発電機を回収することを許すことだけであり,被告は,自分自身が発電機をまだ回収していないことを理由に,本件外国判決の執行を逃れることはできない
外国判決に確定的な金銭支払義務以外の命令が含まれているとしても,当該外国判決が確定的な金銭支払義務を命令していれば,当該外国判決は執行可能である
4 実務上の注意点
(1) 海外企業との間の英文契約書のドラフト,交渉においては,しばしば,紛争解決手段として,裁判と仲裁のいずれを選択するかが議論されます。
(2) 紛争解決手段として裁判を選択する際には,外国判決の承認・執行が必要であることを考慮に入れなければなりませんが,上記のように,外国判決の承認・執行は個別の事案で判断されるため,事前に確定的に予測することは容易ではありません。また,仮に,裁判管轄の合意を契約書でしていたとしても当該裁判所において管轄合意が有効とされない場合があることがあることも考慮に入れておかなければなりません。
(3) 紛争解決条項は,ボイラープレート条項(boilerplate clauses)のうちのひとつと言われており,他の契約書のコピー&ペーストをするのみで,個別の議論がされないことも多々ありますが,安易に条項を決めてしまうことは,その後大きなリスクを背負う可能性があるため,やはり,毎回,個別の検討を加えるべきであると思われます。
[1] 全文はこちらをご参照下さい。
http://statutes.agc.gov.sg/aol/search/display/view.w3p;page=0;query=DocId%3A%2269922d70-0394-449a-aef9-89b3a1f29b27%22%20Status%3Ainforce%20Depth%3A0;rec=0
[2] 全文はこちらをご参照下さい。
http://statutes.agc.gov.sg/aol/search/display/view.w3p;page=0;query=DocId%3A%224c6ea997-6f8c-45ca-bfe6-2c0e53b897ce%22%20Status%3Apublished%20Depth%3A0;rec=0
[3] なお,日本で外国判決の承認する際の国際裁判管轄の有無(民事訴訟法118条1号)の判断については,「我が国の国際民事訴訟法の原則から見て,当該外国裁判所の属する国がその事件につき国際裁判管轄を有すると積極的に認められることをいうものと解される。そして,どのような場合に判決国が国際裁判管轄を有するかについては,これを直接規定した法令がなく,よるべき条約や明確な国際法上の原則もいまだ確立されていないことからすれば,当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念により,条理に従って決定するのが相当である。具体的には,基本的に我が国の民訴法の定める土地管轄に関する規定に準拠しつつ,個々の事案における具体的事情に即して,当該外国判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から,条理に照らした判決国に国際裁判管轄が存在するか否かを判断すべきものである」と判示しています(最判平成10年4月28日民集52巻3号853頁)。